メキシコ五輪マラソン銀・君原健二氏 78歳の今も走り続ける「いだてん」
2019年04月03日 10:00
五輪
転機になったのは62年12月の金栗杯朝日国際(現福岡国際)マラソンだった。福岡県立戸畑中央高(現ひびき高)から八幡製鉄に進んだ当時21歳の君原さんは、金栗四三の冠を付けたこの大会で初マラソンに挑戦。2時間18分1秒8の日本最高記録をマークして3位に食い込んだ。「それまでの私はすぐ手が届くような小さな目標しか持つことができませんでした。あの時は現場に金栗先生がいらっしゃったのに全然記憶がないんです。別世界の人と思っていたんでしょうね。でも初マラソンでいきなり大きな結果を出せて、生まれて初めて大きな目標を持つことができました。それが1年10カ月後に迫っていた東京五輪でした」
いきなり初マラソンで日本最高を出せた秘訣(ひけつ)は「努力の積み重ね」だった。「努力といっても最後にもう半周だけ回ってみようかとか、紙一重の微々たる努力ですよ。でも薄っぺらの紙も何百枚と重ねれば分厚い本になる。無駄な努力はないんだなと感じましたね」
63年10月のプレ五輪で2位に入り、64年4月の代表選考会でも優勝。本番と同じ東京のコースで行われた2つのレースで文句なしの結果を残し、選考会2位の円谷幸吉、3位の寺沢徹とともに五輪代表に選ばれた。
6カ月後の10月10日、待ちに待った東京五輪が開幕した。男子マラソンは大会のフィナーレを飾る21日の最終日。代表3人は一度代々木の選手村に入ったが、レースの1週間前に陸連が最終調整のために用意した神奈川県逗子市の保養所に移った。ところが君原さんは逆に暇を持て余してしまい、毎日わざわざ電車で2時間かけて都内に戻り、バレーボールや水泳など他の競技を観戦した。「出場記念にもらった金色のスカーフに他の選手のサインをもらったり、浮ついて全然レースに集中できていませんでした。でも円谷さんは逗子から一歩も出ず、コーチや練習パートナーたちと黙々と走っていたのをよく覚えています」
そして迎えたスタート。「心技体の心の部分が全くできていなかった」という君原さんは早々に先頭集団から脱落し、自己ベストに3分30秒も足りない2時間19分49秒で8位に終わった。対照的に円谷は競技場内でヒートリー(英国)に抜かれたものの、自己ベストを2分近くも更新して日本マラソン初の銅メダルを獲得した。
その5日後、君原さんは退部届を出した。メダルは獲れなかったものの、8位という結果自体には納得していた。「元々メダルが獲れるとは思っていなかったし、本番で力を出せないのも自分の実力なんだと思いました。五輪までの6カ月間は周囲の期待との戦いで本当につらかった。こんな責任感はもう負いたくないと思ったんです」
しかし突然の退部届は受理されず、恩師の高橋進コーチは「青春時代にしかできないことは青春時代にやっておくべきだ」と懸命に説得した。それでも君原さんの気持ちは変わらなかったが、メキシコ五輪対策として現地で行われた高地トレーニングを機にかたくなだった気持ちがほぐれ、再び五輪を目指す決意を固めた。そして68年10月20日。9カ月前に自ら命を絶った円谷の思いも背負って再び五輪に挑んだ君原さんは、見事に銀メダルを手にした。
あれから51年。君原さんの今一番の楽しみは、来年に迫った2度目の東京五輪だ。
「残念ながら今の日本は世界と4分ぐらいの差があって、正直、世界に近づいているような感じはしません。でも、来年の東京五輪は非常に厳しい気象条件になるでしょうから、何が起こるか誰にも分からない。きっと日本選手が素晴らしい成績を出してくれるはずです」
もちろん君原さんも、後輩たちに負けじとまだまだ走り続けるつもりでいる。
○…君原さんは現役時代、日々の練習内容や走行距離を詳細に記した日誌を書いていた。それによると、14歳で本格的に走り始めてから東京五輪までの10年間で約4万キロ、地球1周分に当たる距離を走っていたという。78歳の現在までの走行距離をざっと計算すると軽く16万キロを超え、今は地球5周目を走っているところだとか。「この年ですから先のことは分かりませんが、何とか5周目を走り切りたいですね」とまだまだやる気満々だ。
◆君原 健二(きみはら・けんじ)1941年(昭16)3月20日生まれ、福岡県小倉市(現北九州市)出身の78歳。戸畑中央高から八幡製鉄。男子マラソンで64年東京五輪8位、68年メキシコ五輪銀メダル、72年ミュンヘン五輪5位。66年にはボストンマラソンで優勝。50年前の優勝者として2016年に再び招待され、4時間53分14秒で完走して全米を驚かせた。生涯ベストは69年アテネ国際の2時間13分25秒。
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