追悼連載~「コービー激動の41年」その31 寝耳に水のウエスト辞任
2020年03月18日 08:00
バスケット
「Jerry, Get fucking out, I'm not finished yet」。
感情を込めた日本語にすると「ジェリー、ここからとっとと出て行け。オレにはまだやることがあるんだ」。選手がそこにいるのに副社長に「出て行け!」である。これでは面目丸つぶれ。感情を害するのは無理もない。ところがロサンゼルス・タイムズ紙のマーク・ハイズラー記者によれば「ケンカのような出来事はまったく起きていない」と主張。「ここから出ていってほしい」とは言ったがそれは決して非紳士的な言葉ではなく、穏やかに自分の意思を示したとするテックス・ウインター・アシスタントコーチの証言もある。
真実はわからない。だがこのやり取りでウエストが傷つき、それが退団につながったのは確かだ。伏線もある。誰もがウエストは「永遠の管理職」だと信じていたのだが、それは現役時代の功績を考慮してのもの。ジャクソンを含めブルズからやってきたアシスタントコーチ陣はかねてからウエストを「予測できないエゴを持ったおせっかいで心配性の人物」と見ていた。当然、随所で「小さな衝突」が起こっていたことだろうし、それをウエスト自身も気がついていたはずだ。そして最後に起こったのがロッカールーム事件。これで残っていた1本の糸がプツンと切れたのではないだろうか?
なにしろウエストは1999年のプレーオフに入ってほとんど会場には姿を見せず、7歳年下のジャクソンとは距離を置いていた。そして優勝したあとに「辞める」と言い出した。嫉妬があったのかもしれない。現役時代の格は完全に自分のほうが上。ジャクソンはしょせんニックスの控え選手だ。その立場が監督経験者同士となると入れ替わっている。能力があるのはジャクソンで、ウエストはそれに反抗する子どものような存在。こう見られては居心地がいいわけはない。とにかくこの2人は反りが合わなかった。シャキール・オニールとコービー・ブライアントの仲も悪かったが、ジャクソンという「潤滑油」があったおかげで摩擦は最小限ですんだ。しかしジャクソンとウエストの間に入ってくる人間は誰もいなかった。
プライベートな出来事も影響したはずだ。この頃、ジャクソンは別居していたジューン夫人と離婚。ジェリー・バス・オーナーの長女ジニー(現オーナー)との熱愛が取りざたされていた。彼女が寄り添ってきたことで、ジャクソンとバス・オーナーとの距離も近くなっていく。当然、ウエストは疎外感を味わったはずだ。
ただしそれは後天的要因だ。もっと根の深い問題にも目を向けなくてはいけない。なぜ彼ら2人は水と油にようになってしまったのか?それは彼らの生まれ育った環境にあると思う。あまりにも対照的な少年時代を過ごしているのだ。
1945年9月17日にモンタナ州で生まれ、ノースダコタ州で育ったジャクソンは聖職者の両親に育てられた。テレビもなく経済的に恵まれた家庭ではなかったが、家族愛には包まれていた。
では1938年5月28日、ウエスト・バージニア州チェリアンで生まれたウエストはどうだったのか?ブライアントは少年時代に感性豊かなイタリア生活を経験したが、その未来の大物をトレードで獲得した張本人は、9歳でショットガンの引き金に指をかけていた。
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には一昨年まで8年連続で出場。フルマラソンの自己ベストは2013年東京マラソンの4時間16分。昨年の北九州マラソンは4時間47分で完走。
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