追悼連載~「コービー激動の41年」その61 残り3分から“20分間”もかかった理由
2020年04月17日 08:00
バスケット
そこでキャンベルはリスナーに「誰か録音していた方はいませんか?」と呼びかけた。それでも事は簡単には運ばない。スマホで音楽を聞いている世代にはわからないだろうが、この時代にラジオの音声を録音することがどれだけ大変だったことか…。ラジカセの登場は1970年代の前半。1962年に普及していたのは円盤状のオープンリール式テープレコーダーだった。
実は我が家にもあった。IT企業の社長でもないのに、新しい物が好きだった父は自分の給料に見合わないものを買ってきた。横50センチ、縦30センチ、高さ20センチくらいはあったろうか。ずっしりと重く子供の私には持てなかった。近所の人がわざわざ聴きにきていたくらいだったから、相当珍しかったのだろう。もちろんラジオなどついていない。だからラジオの前にマイクを立て、音量を手動で調整しながら、オープンリールを動かすスイッチを押さなくてはならない。信じられないほどのアナログな世界だった。
それでもキャンベルは、土壇場で事の重大性を認識したわずかな人たちが、もしかしたら文明の利器を動かし始めたかもしれないと思った。それは正解だった。「求む、実況録音テープ」の問いかけに十数人が反応してくれたのだと言う。もちろんモノラルの音は雑音まじりだが、チェンバレンが100得点に達したクライマックスはかろうじて音声と、それを掘り起こした文字で歴史の中に残った。
時計を進めよう。チェンバレンは23歳のヨーク・ラレーゼの浮き球のような高いパスを受けてダンク。これが98得点目となった。この時間は第4クオーターの残り1分19秒とも27秒とも29秒とも言われている。ラジオの音声も歓声と雑音にかき消されがちで正確な時間はわからない。193センチのラレーゼは名門ノースカロライナ大の出身だがNBAでの現役生活はこの年のわずか1シーズンだけ。しかもシーズン序盤にシカゴ・パッカーズ(ウィザーズの前身)から移籍してきた穴埋め選手だった。
チェンバレンはこのあと意表をついて、ニックスのスローインからのバウンズパスをスティールしてしまう。そしてシュートを試みたがこれをミス。ニックスのリッチー・ゲーリンがリバウンドをキープした。ウォリアーズは勝っているのにもかかわらずタイムを止めるためにファウルゲームに出る。
ニックスはニックスでチェンバレンにボールが渡らないよう、他の選手にフリースローをさせるためにファウルを繰り返していたから、この試合は両チームが反則合戦を演じていたのである。おそらくこんな試合はNBAの歴史でこれだけかもしれない。当時審判を務めていたピート・ダンブロージオ氏は「残り3分を消化するのに20分もかかった」と回想しているが、どちらもすぐに反則で相手を止めているので仕方のない展開だった。(敬称略・続く)
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には一昨年まで8年連続で出場。フルマラソンの自己ベストは2013年東京マラソンの4時間16分。昨年の北九州マラソンは4時間47分で完走。
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