必然の選択だった15年ラグビーW杯「ブライトンの奇跡」 逆転劇にあったいくつもの伏線
2020年05月21日 06:30
ラグビー
3点を追う後半ロスタイム、エディー・ジョーンズのショット指示を無視し、スクラムを選択した場面は語り草だ。もちろんあの決断なくして、ヘスケスの逆転トライは生まれなかった。試合当日の朝、主将のリーチに「最後は思うようにやればいい」と選択権を委ねながら、手のひらを返して激怒したエディー。そんな激情家の指揮官と選手の、4年にわたる愛憎劇のクライマックスとして、これ以上痛快な帰結はなかった。
ただ、リーチの決断に至る伏線は、一つではない。当時、原稿と同時進行で試合経過を書き留めたノートを、数年ぶりに開いた。専門用語や反則名は自分にだけ理解できる“DAI語”調。NRB=ノットリリースザボール、YBLO=相手ボールラインアウト、等々。“平場”の試合であればアルファベットばかりがノートに並ぶが、この試合は経過時間とともにびっしり、感想やスタンドの雰囲気も記している。
19―19の後半15分、南アが敵陣に少し入ったところでペナルティーを得た時、この試合で初めてショットを選択した。誰が見ても格下の日本に対し、一貫してタッチキックを選択してきた巨人が3点を取りにいく。デビリアス主将がゴールポストを指さした瞬間、ざわめきのようなブーイングが起きた。南ア選手のメンタルが落ちたのを感じたと、後にリーチも語っている。試合の流れが日本へ傾く節目となった。
相手陣でリーチがノックオン。相手スクラムで再開されるまでの間、「ジャパンコール」が自然発生した。試合中盤までは、日本人サポーターによる「ニッポンコール」。万国共通語でのチャントは、2万9000人超が埋めたスタンドのほとんどを味方に付けた証左だった。
そのスクラムで、日本は途中出場の右プロップ山下がグイと前に出た。五分だった試合を通じてのスクラムで、初めてはっきり優勢に立った。その手応えが、スクラム職人マルク・ダルマゾ・コーチの指導の下、鍛錬してきたFWに自信を与えた。ましてやシンビンで一人少ない相手はFW7人。最後の決断へ、必然の流れはできた。
エディー体制通算54試合目で初の組み合わせとなった先発フィフティーン、平均の倍の割合で蹴ったキックに、ゴロのキックオフなどなど。思えば前日会見、「たくさんのサプライズを用意している」とほのめかした指揮官の筋書き通りに試合は80分間進行し、その先のロスタイムはその想像をも超えた。それは選手が絶対服従の下でもがき、苦しみ、成長し、巣立っていった瞬間でもあった。試合後の五郎丸は、「必然です。ラグビーに奇跡なんてないですよ」と金星を誇った。ミックスゾーンでもみくちゃになりながら聞いたその言葉は、ノートに記す余裕はなかったが、ICレコーダーと脳裏に、今も深く刻まれている。
≪つながっていた「JAPAN WAY」と「ONE TEAM」≫衝撃の大きさゆえ独り歩きした「ブライトンの奇跡」は、得てして当時の選手や関係者の努力を軽視しているとして嫌われがちなフレーズだ。一方でその4年後までの長い目で見ると味わい深い言葉に思えてくる。
19年W杯では2試合、ゲーム主将を務めたラブスカフニ。母国相手に勇敢に戦う日本代表の姿をバーで観戦し「感銘を受けた」。翌年、クボタからオファーが届く。「あの試合だけがきっかけではない」が、来日への呼び水となった。15年W杯で落選した中村亮土は、どこか消化しきれないまま9月19日を迎え、「初めて自分の実力不足を認められた」。その後も当落線上で食らい付き、本番では全5試合で先発した。
当時はキャップすら持っていなかった選手にも無形の勇気を与えた。あの勝利があったからこそ、4年後、集いし31人が大きな仕事を成し遂げた。「ONE TEAM」結成へのストーリーこそ、ブライトンでの勝利が生んだ奇跡だった。
≪記者フリートーク≫決戦前日は聖地トゥイッケナムで開幕戦を取材。試合後の大混雑に巻き込まれ、ブライトンの宿に戻ったのは19日午前3時すぎ、床に就いたのは明け方近くだった。5時間ほど睡眠してからスタジアムへ。まさかの試合展開に目が覚めたのはもちろん、一夜明けた20日の練習取材を終えてホテルに帰るまで1日半以上、一睡もできなかった。それでも試合後はどうしても、現地に駆け付けていた高校時代のラグビー部仲間と祝杯を挙げたかった。何とか2杯に自制して帰る道すがら、ふとのぞいた日本料理店だったか、かの酒豪選手がうまそうに酒を飲んでいた姿もまた、脳裏に深く刻まれている。
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