“暴君”ランディが世界一の「gentle」――あの「9・11」の2001年、球史に残るWSの激闘
2020年04月27日 05:45
野球
01年11月4日、原稿と格闘した、米アリゾナ州フェニックスのホテルに漂っていたポプリの香り。バンクワン・ボールパーク(現チェース・フィールド)から徒歩5分、ワールドシリーズ第7戦を取材し、戻った部屋で漂っていた。
ダイヤモンドバックスがシリーズ3連覇中のヤンキースを破り、初優勝を果たした。表彰式。立ち入りを許されたグラウンドでそろってMVPとなったランディ・ジョンソンとカート・シリングが抱き合い、涙する光景を目の当たりにした。
当時の原稿で書き込めなかったシーンがある。1―1同点の7回裏終了後、三塁ベンチ前にジョンソンの姿が見えた時の大歓声だ。割れんばかりとは、まさにあの歓声をいう。開場以来最多4万9589人。見渡す限り、白い布が揺れていた。彼は左翼席にあった我ら臨時記者席の方に歩んでくる。そして目の前のブルペンで投球練習を始めた。
「明日も投げるさ」と話していた。前日の第6戦で7回104球を投げ勝利投手となった夜、妻のリサさんに「明日も投げるの?」と問われ「もちろん」と答えた。「ワールドシリーズの第7戦だよ。子供の頃に憧れた最高の舞台なんだ。明日が終われば4カ月も休めるじゃないか」。ボブ・ブレンリー監督に自身初のポストシーズン連投を志願していた。
8回表、中3日で力投していた先発シリングがアルフォンソ・ソリアーノ(前広島)に勝ち越し弾を浴びた。1死一塁で降板。2死後、マウンドのブレンリーがこちらを、つまり彼を手招きした。
再び大歓声の中で登板し、彼は後続を断った。9回表もバーニー・ウィリアムス、ティノ・マルティネス、ホルヘ・ポサダと黄金期の3、4、5番を斬った。場内の熱気は最高潮で、すでに逆転への舞台は整っていた。
9回裏。ポストシーズンで97年以降23試合連続セーブのマリアノ・リベラを攻め、逆転サヨナラで歓喜した。
連投が報われた彼は初の世界一に「どうしたら勝てるか分かった。限界に挑戦することだ」。いや彼はもっと強い力を備えていた。
彼はこのポストシーズン初登板だった10月10日、地区シリーズ第2戦で敗戦投手となった。試合後、会見場に姿を見せた彼は着席する直前、目の前のマイクを手に取り、記者団に投げつけるしぐさをし、身構えた。「昔はよくこうして取り乱していた」と笑った。
「あの頃は怒りがエネルギーだった。新聞記事に腹を立て、
見返してやると躍起になっていた」。
若い頃はノーコンの速球派。例えばマリナーズ時代の90年、ノーヒットノーランにオールスター出場もしたが、リーグ最多四球も記録した。マスコミとやり合った。
「今は落ち着いている。皆さんが何を聞きたいのか分かる」。静かに胸の内を打ち明け「他には?」と質問が途切れるまで話した。
話には続きがある。ワールドシリーズはニューヨークで3戦連続1点差、2戦連続サヨナラで敗戦。崖っ縁でフェニックスに戻った11月2日練習日、彼はロッカーに座り、アジアから来た報道陣を集め、語りだした。連夜の救援失敗で沈んだ韓国人クローザー金炳賢(キムビョンヒョン)を思いやった。「昔の怒りに勝るエネルギーを今は知っている」と言った。「それは、やさしさだ」。英語で「gentle」だ。
「他人の心を思うことは投球にも通じる。捕手や打者の心理が分かれば、いい投球ができる」。速球王ノーラン・ライアンや名伯楽トム・ハウスのメンタル指導で自分の心をコントロールするすべをつかんだそうだ。身長2メートル8、「ビッグ・ユニット」(巨大な物体)の温かな心に触れた。同じ1963年生まれとして、勝手に親近感を抱いていた彼の本質を知った気になった。
あの神楽坂の夜、ワインを飲み、この逸話を話した。その幹部は「それは書いておくべきだ」と言った。店員によると、香りは「ロッソ・ノービレ」という香料。今、この原稿を書く机の上に置いてある。
《記録ずくめの世界一》ダイヤモンドバックスが史上最速、球団創設4年目で頂点に。この結末に至るまでの戦いも、記録的な戦いの連続だった。第4戦では延長10回、ヤンキースのジーターがサヨナラ本塁打を放ち、日付の変わった11月1日の午前0時4分に決着。シリーズ史上初めて11月に突入した試合で「ミスター・ノベンバー」の称号を得た。第6戦はダ軍がシリーズ新記録22安打の猛攻を見せた。ワールドシリーズMVPを2人が同時受賞したのは史上2度目。史上3度目となる、全試合でホームチームが勝つ「内弁慶シリーズ」が完結した。
《忘れられない“もう1ページ”メッツ新庄、NYでの物資運搬姿》世界貿易センターに航空機が突っ込んだ時は新庄剛志がいたメッツの遠征先、ピッツバーグにいた。ホテルの部屋で朝9時前、CNNのニュース映像に言葉を失った。メッツは宿泊先の隣に政府機関があり、テロ標的の恐れがあると郊外に移った。
大リーグは公式戦を中断。空路は全便欠航でチームも報道陣もバスで7時間半かけてニューヨークに帰った。
グラウンドゼロに向かった。非常線が張られた1キロ先のカナル通り。3日後でも火災の余熱で雨が湯気となり立ちこめていた。尋ね人の張り紙、絶え間ないサイレン、「まだ救える」と叫ぶ消防士…。地獄絵だった。
本拠地シェイ・スタジアムは救援物資の中継基地となった。警察、消防関係者とともにボビー・バレンタイン監督は球場に泊まった。「ロッテ時代に体験した阪神大震災を思い出した。頑張ろう」。選手たちは練習後、運搬作業を手伝った。
公式戦は6日後に再開。「私を野球に連れてって」に替え「ゴッド・ブレス・アメリカ」が歌われた。テロ後初のニューヨーク開催となった21日、ピアザの逆転2ランを次打者席で見た新庄は「一生忘れない」と体が震えた。
◆内田 雅也(うちた・まさや)和歌山市出身の57歳。85年入社。阪神担当、デスク、ニューヨーク支局を経て03年から編集委員(現職)。
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