【タテジマへの道】藤浪晋太郎編<下>すべてを変えた大阪桐蔭での挫折
2020年05月08日 15:00
野球
父の指導は、野球のみにとどまらない。あいさつ、言葉遣い…。6年生の時には総監督となり、主将の息子に、ことさら厳しく接することもあった。投手として最も大事なことも学んだ。幼い頃は味方失策や痛打を浴びると、マウンド上で露骨に感情をあらわにした。そこで父は、ことあるごとに「投手は感情を顔に出すな」と言い続けた。その教えが、晋太郎の原点となった。「父から受けた影響は大きいです」。最も身近な“恩師”にこうべを垂れる。
心底、野球が好き。6年生の運動会に向けた組体操の練習中には、右足親指を骨折。それでも野球の試合には出場した。「あの時は本当に野球が好きなんだな、と思いましたよ」と父は言う。
そんな野球少年は宮山台中で「大阪泉北ボーイズ」に入団。下埜昌志監督(53)は第一印象について「ただ背の高い子でした」と笑った上で「自分で目標を立て、人一倍努力する子でした」と続けた。
同チームでは「野球を好きにさせる」が基本方針。晋太郎に対しても投手としての基本指導は施したが、過剰に手を加えることはない。一方で中学生の間は変化球に頼らず、直球勝負する心構えを説いた。「変なクセや考え方が身に付いたらマズイので」と下埜監督。「プロになれる」と見込んだからこそ大きく育てられた。2年までは年7センチペースで伸びる身長の影響でフォームが安定せず。制球に苦しみ、相手から「ノーコン」とヤジが飛ぶこともあった。それでも無理な矯正を強いられることはない。小、中と環境、指導者に恵まれた晋太郎はノビノビ、着実に成長していった。
3年の8月にはAA世界野球選手権の日本代表に選出されて台湾遠征も経験し、チームを引退。それでも「プロ」を現実的に意識し始めた晋太郎は、9月以降もグラウンドに顔を出した。自分の考えで、翌春まで黙々とランニングメニューをこなした。そして、強豪・大阪桐蔭の門を叩く。
「大阪桐蔭に今年、怪物が入ったらしい」。一昨年4月、アマチュア球界を席巻したうわさの主こそが、晋太郎だった。入学時ですでに身長1メートル95。まだ体幹が弱く、リリース後のフォロースルーで体がバタンと折れ曲がってしまうフォームだったが、それでも140キロ近い速球を投げた。まさに、怪物と言えた。
名門でも、1年夏から背番号18でベンチ入り。だが、後にロッテ入りする捕手・江村直也らを擁し、優勝候補の筆頭に挙げられていたチームは桜宮との3回戦でまさかの敗戦を喫する。崩れ落ちる先輩たちの横で「一発勝負の怖さ」を痛感した瞬間だった。さらに同秋には大阪大会を制し近畿大会出場も、初戦敗退。センバツ切符を目前で逃した。「力」だけでは、勝てないことも学んだ。
そうして迎えた2年夏―。それまでの人生で味わったことのないほどの悔しさを、かみしめることとなる。春から1番を付け、エースとして臨んだ大阪大会。準決勝まで危なげなく勝ち進み、東大阪大柏原との決勝へ。晋太郎は、大一番の先発を任された。
6回終了時で6―2とリード。だが7回に2点を失い、なおも2死二塁のピンチで無念の降板を余儀なくされた。先輩に後を託すも、流れを取り戻すことができないまま9回に押し出し死球でサヨナラ負け。敗戦後のベンチ前には、いつまでもうずくまり、号泣する姿があった。「あんなに号泣する晋太郎を見たのは初めてでした。びっくりしました」。スタンドにいた母・明美さん(48)も、愛息の背中にただならぬ気配を感じ取っていた。
「あの試合で“勝ちきらないといけない”ということを痛感しました。先輩方には、自分がとてつもなく悔しい思いをさせてしまった。そして先輩方に、すごいことを経験させてもらったと思っています」。その日を境に、晋太郎は変わった。球速へのこだわりを完全に断ち切り、制球力向上に重点を置いた。新チームで臨んだ秋季近畿大会準々決勝で敗れると、今度は新たな“引き出し”の必要性も痛感。冬場はカットボールとチェンジアップ習得に励んだ。特にカットボールは投球の幅を大きく広げ、“生命線”になった。
苦い敗戦を糧に「いい投手」ではなく「勝てる投手」への進化を志した。その努力は、憧れの甲子園で結実する。
満を持して迎えた高校最後の年。元日に初詣した岸和田市内の夜疑(やぎ)神社では「センバツに出られたら活躍できるように」と願った。チーム始動日となった4日には「今年のセンバツ、夏の甲子園、国体、出られる大会すべてで優勝したい」と力強く言い切った。願いは届き、目標を達成。まさに晋太郎の人生を変える年になった。
自身初の全国舞台となったセンバツ。その初戦から「藤浪晋太郎」の名を全国に知らしめた。ライバルの花巻東・大谷翔平との投げ合いを制し、聖地初星。さらに準々決勝の浦和学院戦ではセンバツ史上最速タイの153キロもマークした。一戦ごとに自信を深め、成長を遂げ、頂点に立った。
センバツ後は右ヒジに炎症が見つかり、夏の大会直前には股関節も痛めた。それでも晋太郎は前に進み続ける。夏に備えて新たにツーシーム、チェンジアップを習得。カーブの精度も高め、緩急を操るようにもなった。
そして夏の甲子園のマウンド上には、自身が目指していた「勝てる投手」の姿があった。木更津総合、済々黌、天理、明徳義塾、光星学院…。名だたる強豪、古豪の挑戦を、ことごとく跳ね返した。甲子園9試合に登板(先発8)し、1度も敗れなかった。「“いい投手”ではなく“勝てる投手”になれた」。そのひと言には、万感の思いが込められていた。
甲子園大会終了後、休む間もなく18U世界野球選手権(韓国・ソウル)へ。台湾を13奪三振完封し、韓国相手に2失点完投。大会ベスト先発投手に選ばれヤンキース、ツインズなどメジャースカウト陣から絶賛された。世界に「FUJINAMI」の実力を誇示。同時に敗れたコロンビア、米国から世界の厳しさも学んだ。「制球力、切れを磨かないといけない」。成長につながるヒントを持ち帰った。帰国後の10月には松坂大輔(レッドソックス)を擁した横浜以来となる春夏甲子園、国体の“全国3冠”を達成。有終の美を飾って高校野球に別れを告げた。
大阪桐蔭で過ごした3年間で、悔しさを知り、たくましさを身につけた“甲子園の申し子”は、これも運命だろうか、愛してやまない球場を本拠地とする阪神に入団する。超人気球団のドラフト1位。期待は大きく、重圧もまたしかり。「しっかり数年後でもいいので結果を残せるように頑張っていきたい」。控えめで堅実な発言が、いかにも晋太郎らしい。「藤浪晋太郎伝説」は、いよいよ本章に入る。(12年10月28日~30日付掲載、あすから坂本誠志朗編)
◆藤浪晋太郎(ふじなみ・しんたろう)
1994年(平6)4月12日、大阪府生まれの18歳。小学1年時に竹城台少年野球クラブで野球を始める。宮山台中では大阪泉北ボーイズに所属し2年時に全国大会出場、3年時には日本代表入り。大阪桐蔭では1年夏からベンチ入り。2年春からエース1メートル97、85キロ。右投げ右打ち。遠投は120メートル、50メートルは6秒5。握力は右70キロ、左75キロ。
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