気がつけば40年(5)怪物・江川卓のプロ全盛期は1981年から1982年前半の1年半
2020年08月03日 12:00
野球
宮崎2次キャンプのある日、江川卓の不二家CM登板が決まり、宿舎の青島グランドホテルで記者会見が行われた。「ダーティー」から「ひょうきん」へイメージチェンジを図っていた時期。江川は上機嫌で、集まった報道陣に「皆さん、うなぎを食べませんか?」と声をかけ、宿舎近くの「うなぎ千力(せんりき)」の鰻丼を振る舞った。
私は「お腹が空いてないので…」と辞退したのだが、江川はそれが気になっていたらしい。数日後、宿舎のロビーで時間つぶしにゴルフのテーブルゲームをしていたら、大きな影を感じた。顔を上げると目の前に江川が座っていた。
「ああ、どうも」
「君は何歳?」
「同じですよ。昭和30年生まれ」
「何月?」
「9月」
「じゃあオレの方が少しお兄さんだな。5月だから」
「怪物」がただの同級生に思えた。江川は私に出身地や給料など根掘り葉掘り聞いてから「これどうやってやるの?勝負しようよ」と言い出した。ゴルフゲームだ。絶対勝てると思って「いいよ」と受けたが、負けてしまった。プロ野球選手の器用さ、勝負強さを思い知らされた。
当然だが、江川は投げても最強だった。20勝6敗、勝率・769、221奪三振、防御率2・29、7完封という圧倒的な成績で投手5冠に輝いた前年の1981年に続き、球宴まで20試合に登板して4完封を含む17完投で13勝6敗、防御率2・30。速球とカーブだけでマウンドを支配した。
当時巨人が使っていた多摩川グラウンドのブルペンは捕手の後方に植え込みがあり、記者はその隙間から投球練習を見ることができた。真後ろから見る江川の速球はホップしていた。物理的にはありえないことなのだが、そう見えるのだ。グラウンドで行う遠投も、低く投げ出したボールが途中から浮き上がって60~70メートル先の相手に届いた。
振り返れば、プロ野球時代の江川の全盛期は1981年から1982年の前半戦までだったように思う。怪物は1982年の夏を境に変わった。
7月24日、オールスター第1戦(後楽園)に先発した江川は初回、落合博満(ロッテ)に先制タイムリー、柏原純一(日本ハム)に2ランを浴びて3点を失い、わずか18球で降板した。MAX136キロ。130キロに届かない真っすぐもあった。1―0完封を演じた前半戦最終登板から中2日だったことを差し引いても、右肩の変調は明らかだった。
予定されていた第3戦(大阪)での再登板を回避し、後半戦の初登板は8月6日の中日戦(ナゴヤ球場)。オールスター第1戦から中12日も空けた。
江川に何が起きたのか。オールスター期間中に行われたCM撮影中にアクシデントが起きて肩を痛めたという情報が流れた。のちに江川は「もし何かあったとしても、それは高校時代からずっと投げ続けてきた勤続疲労」と話したが、CM撮影中に肩を痛めたという事実が発覚すれば多くの関係者が責任を問われることになる。
江川はだましだましの投球を続け、8月19日の広島戦(広島)から9月4日の阪神戦(甲子園)まで4試合連続完投勝利を挙げるのだが、これが限界だった。
試合がなかった9月9日、多摩川での調整練習。植え込み越しに見た江川のピッチングは8割がカーブで、2割の真っすぐも全力では投げなかった。おかしすぎる。関係者を取材して、阪神戦後に電気バリ治療を受けたことが分かった。
現役最後の2年間打った中国バリではなかったが、電気バリの話を聞くのは初めて。江川にもぶつけて、原稿を書いた。翌日の紙面で電気バリに触れたのはスポニチだけ。自分で拾ってきた独自ダネで1面を飾ったのは初めてだった。
江川はその後、3連敗。極めつけは9月28日、2・5ゲーム差で追いすがる中日との3連戦初戦(ナゴヤ球場)だった。6―2で迎えた9回に5安打を集中されて追いつかれ、延長10回、ピンチを残して降板。角三男(のちに盈男)が2死満塁から大島康徳に二遊間を破られ、サヨナラ負けを喫した。引導を渡すべく試合で土壇場に4点差を引っ繰り返され、中日を生き返らせたのである。
次の登板となった10月3日の大洋戦(後楽園)では完封勝利を収めたが、シーズン最終戦となった9日の大洋戦(横浜)では3発を食らって5回途中でKOされ、敗戦投手になった。
電気バリ治療後は5試合に登板して1勝4敗。0・5ゲーム差で中日に優勝をさらわれる最大の原因となった。(特別編集委員)
◆永瀬 郷太郎(ながせ・ごうたろう)1955年9月生まれの64歳。岡山市出身。80年スポーツニッポン新聞東京本社入社。82年から野球担当記者を続けている。還暦イヤーから学生時代の仲間とバンドをやっているが、今年はコロナ禍で活動していない。
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