【内田雅也の追球】矢野監督が繰り返した「夢と理想」は、人々が求めるように「物語」となって続く

2022年10月11日 08:00

野球

【内田雅也の追球】矢野監督が繰り返した「夢と理想」は、人々が求めるように「物語」となって続く
セCS1<D・神>8回、伊藤光の打球を熊谷が好捕(撮影・篠原岳夫) Photo By スポニチ
 【セCSファーストステージ第3戦   阪神3―2DeNA ( 2022年10月10日    横浜 )】 負ければ終わる「マスト・ウィン・ゲーム」をものにし、阪神は生き残った。監督・矢野燿大の「物語」は続く。
 素晴らしいゲームだった。4年にわたり監督を務めた矢野の野球が詰まっていた。退任を前にまさに集大成の決戦勝利だった。感動的であった。

 試合中、そして試合終了後、多くの人々から涙ながらのメッセージが届いた。横浜スタジアムでは黄色い服をまとった人たちが泣いていた。「誰かを喜ばせる」と矢野が訴え続けた思いが結実した試合だった。だから矢野も選手たちも泣いていた。まだ物語が続くことを心底喜んでいた。

 失敗やミスを恐れない積極性は矢野の言う「俺たちの野球」である。背景には「誰かのミスは誰かがカバーする」という全員野球の精神がある。

 3回裏、暴投失点で2点目を失った才木浩人―梅野隆太郎バッテリーを救ったのは、なお残る1死一、三塁を1球で火消しした浜地真澄である。4番・牧秀悟を二ゴロ併殺打に切ったスライダー(カッターか)は絶妙に切れていた。あの併殺で流れを引き寄せたのだ。

 逆転した6回表は送りバントを続けてファウルで失敗した近本光司が自分でミスを取り返す同点二塁打を放った。大山悠輔がバント失敗した後には原口文仁が適時打してミスを帳消しにした。
 好守も見逃せない。近本(6回裏)と熊谷敬宥(8回裏)のダイビング好捕は、いずれも回の先頭打者で価値がある。ピンチを未然に防いだ。

 西純矢を6回裏の牧からつぎ込み、8回裏2死からは湯浅京己に任せた。後半を若い2人に託し、勝ちきった。来季への遺産となるだろう。

 9回裏1死満塁。一打サヨナラ負けの場面で自らマウンドに歩んだ矢野は湯浅に「楽しめ」と言った。苦しい時も楽しむ大切さを説いてきた矢野らしい激励だった。

 最後の1球はど真ん中の直球だった。バットの芯で打たれた二ゴロは本封―一塁転送の「GEDP」(ゲーム・エンディング・ダブルプレー)となって幕を閉じた。

 「信じる者が1人でもいれば、その物語は真実に違いない」と大人のおとぎ話と呼ばれるポール・オースター原作の映画『スモーク』の惹句(じゃっく)にあった。矢野が繰り返した「夢と理想」は、人々が求めるように「物語」となって続くのである。 =敬称略=(編集委員)

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