世界との差を埋めるためには
2018年02月04日 09:30
サッカー
これはサッカーに限ったことではない。野球でも水泳でも柔道でも、歌や芝居の世界でも同じだろう。何日もかけて練習したことが試合でできないのは、精神的な部分が大きい。その原因は、厳しい試合の経験が足りないことだろう。
1964年の東京五輪の前は2カ月の欧州遠征や2カ月の検見川合宿を行った。「やれることはなんでもやる」という姿勢だった。そして、東京五輪翌年には日本リーグを創設し、選手が実戦経験を積んでメキシコ五輪の銅メダルに結びつけた。
いまは日本代表として長期間の海外遠征や合宿はなかなか難しい。所属チームで常に試合に出て実戦経験を積むしかないが、Jリーグでも20歳前後の選手は簡単には試合に出られない。リーグのレベルが上がっている証明だが、U―23の年齢制限がある東京五輪へ向けては頭が痛い問題だ。しかも、東京五輪は開催国だけに、予選なしで出場できる。逆に言えば、厳しい予選を経験する機会がないということでもある。
川崎Fの板倉や三好はリーグ戦での出場機会を求めて仙台と札幌に期限付き移籍した。川崎Fは選手層も厚く簡単には試合に出場できないために、東京五輪を優先したわけだ。もちろん、川崎Fにいれば毎日、小林や大久保と練習できるだけに、力は付く。選手それぞれの考え方があり、簡単には「期限付き移籍を」とは言えるものではないが、そこを選手がどう考えるかだろう。リーグや日本協会も、この年代の選手に限って移籍ウインドウが閉じているときでも期限付き移籍とか、下部リーグのチームとは一時的な二重登録を認めるなど「後押し」はできる。みんなで知恵を出し合って、東京五輪につなげたいものだ。
◆大西 純一(おおにし・じゅんいち)1957年、東京都生まれ。中学1年からサッカーを始める。81年にスポニチに入社し、サッカー担当、プロ野球担当を経て、91年から再びサッカー担当。Jリーグ開幕、ドーハの悲劇、ジョホールバルの歓喜、W杯フランス大会、バルセロナ五輪などを取材。