全米大学フットボール界の奇跡 “心眼”で得た渾身の1点
2017年09月12日 10:15
アメフト
ロング・スナッパーは本来オフェンスラインのセンターが陣取る位置に立つ。役割は背後にいるホールダーを務める選手にボールをスナップし、キッカーにボールを蹴らせること。ただしオルソンは1メートル91という恵まれたサイズを持ちながら、なかなか出場機会には恵まれなかった。
理由は明白。なぜなら彼は眼球を2つとも失っているからである。
網膜芽細胞腫。彼はこの病気のために生後10カ月で左目の眼球摘出手術を受けた。眼球内に発生する悪性腫瘍。患者の10〜30%が両眼性と言われ、12歳のとき、右目の眼球も失った。その時、大のUSCファン。最後の願いは「トロージャンズ(USCのニックネーム)の練習を間近で見たい」だった。
当時のピート・キャロル監督(現NFLシーホークス監督)はジェイク少年に手をさしのべた。手術前日の夜間練習を見学。眼球を失っても、その光景は脳裏に強く刻まれた。
それから8年。「それでもフットボールをやりたい」とオルソンは自分の夢を捨てなかった。ケベックという名前の盲導犬を連れて授業に行き、ジムで汗を流し、チームメートたちの助けを借りて練習を重ねた。ロング・スナッパーといってもラインマンの1人。だから体重も18キロ増やした。
そして9月2日。ついにその時がやってくる。第3Qまで21―21。出番はないかと思われた。ところが第4Qに入ってUSCは猛攻。みるみる点差は開いていった。ここでチームを率いるUSCのクレイ・ヘルトン監督が背番号61のロング・スナッパーに「準備はできているか?さあ、おまえのプレーをやってこい!」と声をかけた。
練習からつきっきりで面倒を見ているホールダーのワイアット・シュミット(2年)の肩に手を添えてオルソンはスナップする場所まで歩を進めた。その時、ヘルトン監督はウエスタン・ミシガン大のティム・レスター監督にアイコンタクト。それは「よろしく頼みます」と語っているかのようだった。通常ならディフェンスのラインマンが圧力をかける場面。しかしボールの位置を声を出して教えた審判も含め、フィールドにいた全員がオルソンを支えた。
敵将はフィールドにいた自軍の選手に「いいか、彼(オルソン)に触れるんじゃない!君らは今、フットボールよりもはるかに大事なことをやろうとしているんだ」と指示。スポーツの試合で手加減することは論外なのかもしれないが、この日はみんな同じチームにいた。少なくとも私にはそう思えた。
オルソンがスナップしたボールは十二分なスピンを得て8ヤード先にいたシュミットの手元に届く。練習通りだった。中腰のシュミットがすぐにボールを立てると、キッカー、チュース・マグラス(1年)が右足を振り抜く。楕円形のボールはポストの間を通過。その瞬間、USCに1点がもたらされた。
オルソンは「フィールドに立ちたかった。だから一生忘れない瞬間になった。信じられないよ」と感無量の面持ち。スタンドで見守っていた母シンディーさんも「思わず叫んで跳び上がってしまいました。ジェイクが夢を叶えたんですから…」と声を詰まらせた。
その方が無難な人生を歩めるとでも脳が勝手に思うからなのか、人間はすぐに可能性を否定する。言い訳を作りたがる。その一方で、信念と熱意に満たされた夢と希望はなにかしら形になって現れる。
ジェイク・オルソンが勝ち取った1点。その1点は多くの人の心を揺り動かした。あの時、練習を見学させたキャロル前監督は「涙が止まらなかった」と号泣。そのプレーはUSCが所属するパック12カンファレンス・スペシャルチーム部門の週間最優秀賞に選ばれた。
ロサンゼルス・タイムズ紙のビル・プラシュキー記者が紹介したオルソンのコメントが印象的だった。「神様のやっていることが見えないなら、私はその人こそが盲目だと思う」…。
私もキャロル前監督と同じだ。拍手をする前に涙が出た。なんという大きな1点なのだろう?多くの仲間とケベックに助けられてのスペシャルプレー。実に美しい瞬間だった。 (専門委員)
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、佐賀県嬉野町生まれ。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。スーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会に6年連続で出場。
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