NBAの奇才ジノビリが残した記録と記憶 41歳での引き際に感じた人生の節目
2018年08月31日 09:30
バスケット
それは一瞬の早業だった。マークしていたライトはそこでジノビリが何かを仕掛けてくるとは夢にも思わなかったのだろう。少なくとも“次の一手”は、ジノビリが左手でボールを一回コート上についたあとだと考えるも無理はない。誰だってそう思う。しかしジノビリは右手から左手にボールが吸いつくやいなや、即座に体を時計の針とは反対回りにスピン。ボールはライトの視野からいったん消え、回転するジノビリの体に張り付いて遠心力を得ると、進路をリング方向へと変えた。
プロセスがひとつ少ないムーブ。“消去”された時間は0秒1ほどもなかったかもしれない。しかし油断していたディフェンダーを振り切るには十分だった。ジノビリはライトを振り切ると、そのままインサイドに切れ込んでレイアップを決めた。
考えてみてほしい。このプレーでは右手から左手にボールが移動したときのベクトルと、左手に持ち替えてスピンしたあとに向かっているベクトルが空中で瞬時に入れ替わっている。このハイライト映像が流れたあと、私は所属しているシニア・バスケチームの練習で何度も試してみた。右手から左手にドリブルしながらボールを持ち返るのは誰でもできる。でも空中でそのボールに“待った”をかけたあと、時計の針と逆回りにスピンさせてから前に持って行くという動作は何度やってもできなかった。(私の努力と才能が足りないせいもあるが…)。
そのジノビリが8月27日、現役引退を表明した。スパーズ一筋に16シーズンにわたってプレーした41歳。ファイナルを4回制覇し、アルゼンチン代表としてアテネ五輪の優勝にも貢献した。NBAにやってくる前にはイタリアのボローニャでユーロリーグも制覇。欧州+五輪+NBAの3つで頂点に立った史上2人目の選手となった。なによりアルゼンチン代表として米国代表を2度破った実績は高く評価したいところ。リーグを代表するオールラウンダーであり、無理な体勢からのサーカス・ショットや相手の股間さえも通してしまう奇抜なパス、さらに土壇場で強さを発揮するシュート力も印象的だった。
「自分が描いていた夢を超える素晴らしい旅でした」。本人は引退を公表するに際してそんな言葉を使ったが、見ている側にとっても常識と呼ばれる固定概念を覆す存在だった。
1992年のバルセロナ五輪でマイケル・ジョーダンらを擁した米ドリームチームがコートに立ったとき、相手チームは負けることの悔しさよりも一緒にプレーできることの喜びの方が勝っていた。対戦したチームの選手がベンチでカメラを手にする姿もあった。
しかし努力して技術を身につければNBAのスター選手が集まる米国代表にも勝てる…。そう思わせるきっかけを作った1人がジノビリだった。
20世紀にトラベリングだと笛を吹かれたプレーは今や「ユーロステップ」という名称とともに基本技のひとつになっている。それをNBAという世界最高峰のリーグで常識にしたのも彼だった。
ドラフトされたのは1999年。2巡目の全体57番目という遅い指名で、彼のあとには1人しか指名されていない。しかしその“ブービー”だった選手がNBAで16シーズンにわたって活躍したことを考えると、彼が経験した旅の中身は本当に濃かったとも言える。
プレーオフ(出場218試合)で通算3000得点(3054)と300本以上の3点シュート(324)の両方をクリアしているのは、今オフにキャバリアーズからレイカーズに移籍したレブロン・ジェームズ(33)とジノビリの2人しかいない。300本以上の3点シュートをプレーオフで決めた選手の中で、さらに800リバウンド(874)と800アシスト以上(827)を記録しているのもこの2人だけだ。データ的な視点を変えると、アルゼンチンからやってきた背番号20のさらなる凄さが見えてくる。
記録も記憶も残した男…。スパーズのユニフォームを脱ぐに至ったプロセスは、さぞかし複雑なものだったと思う。しかし欧州時代を含め23シーズンに及んだバスケットボール人生は本人が感じている以上に輝いていた。
私も定年を迎えた。人生のひと区切り。その中でジノビリの原稿を何度も書けたことを誇りに思う。マイケル・ジョーダンのマネは誰もできないが、ジノビリには自分の技術を習得している、あるいは習得しようとする“弟子”が世界中にあふれている。私もその1人…と言えるように早くなりたいもの。「まだまだ人生はこれから」。たぶん彼もそうつぶやいてくれるだろう。
老いてはますます壮(さか)んなるべし。では、またジノビリの早業を動画で見てみよう。スピンするタイミングがポイント。そのとき、同時に足をできるだけ前に踏み出すこともわかった。頑張ればできるかもしれない。その先に何があるのかはわからないが、どんな人も“自分”を超えたいはず。その瞬間が来ることを夢見て、もうちょっと練習してみよう。
2018年8月。猛暑続きで疲れたが、さまざまな記憶と記録がよみがえり、思い出深い夏になった。そして季節は秋。時は確実に流れている。さて常識を覆すニューヒーローは世界のどこから誕生するのだろうか…。
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には7年連続で出場。今年の東京マラソンは4時間39分で完走。
おすすめテーマ
2018年08月31日のニュース
特集
スポーツのランキング
-
塚原千恵子強化本部長、発言の意図を説明 宮川との会話を録音「高圧的な態度ではない」
-
速見元コーチの決断 池谷幸雄が無念の男泣き「何でこの時期に…早く復帰させてほしい」
-
NFLのプレシーズンが終了 イーグルスは最終戦で白星 ブラウンズ期待の新人メイフィールドは実力を発揮
-
ア大会公開競技eスポーツ「ハースストーン」赤坂初戦負けも…「ここでプレーできてうれしい」
-
グリズリーズが新人センターを補強 渡辺雄太のチーム内ライバルがまた1人増える
-
御嶽海 稽古総見で振るわず1勝13敗 八角理事長は苦言「気迫不足」
-
塚原夫妻が宮川に謝罪「心を深く傷つけてしまった」 パワハラ指摘に対しては反論
-
稀勢の里 稽古総見で手応え 白鵬、鶴竜も太鼓判「吹っ切れたよう」「いい感じ」
-
「京都ハンナリーズ」坂東容疑者 窃盗容疑で逮捕 高田社長が陳謝「信頼を失墜させた」
-
高橋侑子が優勝 トライアスロン女子
-
上原彩子、15位発進
-
錦織取り戻しつつあるフォアハンドへの自信「やっとストロークに不安がなくなってきた」
-
速見元コーチ 宮川への暴力行為を謝罪「真摯に反省することを誓います」
-
ウォリアーズのウエストが引退を表明 NBA通算1034試合で現役生活に別れを告げる
-
速見元コーチ 地位保全の仮処分申し立て取り下げを発表
-
錦織、3回戦進出 モンフィスが第2セット途中で棄権
-
宮川紗江 高須院長とのやり取り明かす 支援申し出に「いい方向に進めば」
-
宮川紗江「何度か対立」 塚原強化本部長と速見コーチの関係性に言及
-
羽生結弦 高橋大輔との再会を心待ち「緊張感の中での演技は見るのは楽しみ」
-
池谷幸雄 塚原強化本部長に反論「勧誘と思ってないかもしれないが常識だと…」
-
NBAの奇才ジノビリが残した記録と記憶 41歳での引き際に感じた人生の節目
-
【一問一答】羽生結弦 四回転半「できれば今季に」 演技時間の短縮「実はきつい」
-
谷原秀人53位、宮里優作71位
-
宮川紗江 速見コーチとは毎日連絡「帰って来た時、思い切り練習できるように」
-
宮川紗江 光男副会長の反論に「悲しい。まさか“全部ウソ”と言われるとは…」
-
快挙!ホッケー男子初の決勝 「パスが弱い」と監督に怒鳴られて2年でチームが生まれ変わった
-
先輩から宮川へエール続々 池谷幸雄「今まで代表になった選手は内情分かっている」
-
全米OP主審が選手に助言!?敗れた選手は憤然「彼はコーチじゃないだろ」
-
羽生 史上初のクワッドアクセル成功へ「一番のモチベーション できれば今季にやりたい」
-
羽生の新フリーはプルシェンコの伝説曲「自分の原点に返って滑りたい」
-
告発「全部ウソ」塚原夫妻が全否定 18歳宮川と全面対決へ
-
体操協会 宮川告発一夜明け方針転換!第三者委設置へ
-
高須クリニック 宮川と所属契約締結へ!院長が全面支援を約束
-
リレー侍 20年ぶり金!ぶっちぎり2位に0秒61貫禄勝ち
-
日本男子1600メートルリレー 3大会連続メダルの銅
-
大野 11分超え死闘制し金!リオ王者「粘り収穫」アジア“登頂”
-
玉置 オール一本勝ち!金獲得も「ここがゴールじゃない」
-
鍋倉 貫禄勝ちの金!東京五輪へ「覚悟を決めてやっていく」
-
新添 得意の内股で決着!延長戦制し金メダル「自信になる」
-
勝木 ドタバタ金!5分間ペナルティーでV争い後退から大逆転
-
ホッケー男子 初の決勝進出!山田の1点最後まで死守
-
ハンド女子 負けて学ぶ銅 横嶋「金を持って帰りたかった」
-
ポセイドン正GK棚村 4強貢献!決勝見据え「準備できた」
-
19歳森が快挙!日本勢過去最高銀「早く母にメダル掛けたい」
-
2戦連続無失点勝利したけど…岩渕監督ご立腹「全くラグビーをしていない」
-
女子バスケ 中国相手に善戦 20年ぶり決勝逃すも銅誓う
-
星野 難コース攻略!3アンダー68で首位発進
-
地元在住の小池 上々スタート「富士山見て切り替えができた」
-
松山 状態上向き!上位争いへ意気込み「頑張りたい」
-
比嘉 天才女児とのラウンドへ刺激「凄い才能」
-
栃ノ心 御嶽海に16番10勝 切れ悪く反省「思い切り当たれてない」
-
御嶽海 栃ノ心に2勝5敗も手応え!初大関獲りへ「冷静に」
-
錦織 暑さ以上の難敵モンフィス警戒「嫌だなという感じ」
-
手負い西岡 ダブルス初戦突破「親指以外で握ってる」
-
コート上で着替えた女子選手の警告は“性差別”批判…協会謝罪
-
ラグビーTL開幕へ!サントリー3連覇のカギは対応力