ドミニカ共和国の奇跡 男子バスケW杯で世界を驚かせバスケ界の哲学者
2019年09月06日 09:30
バスケット
W杯出場は旧世界選手権を含めて3回目だが、1次予選突破は初めて。さぞかしドイツ級の戦力をそろえているのかと思ったら、まさしくその“対極”に位置しているチーム編成だった。
今W杯には日本の八村塁(21=ウィザーズ)を含め、史上最多となる54人のNBA選手が出場しているが、米大陸予選(W杯枠は7)を7勝5敗の最下位で通過したドミニカ共和国にはNBA選手が1人もいない。本来ならNBAの球宴に出場歴があるアル・ホーフォード(33=76ers)や、カールアンソニー・タウンズ(23=ティンバーウルブス)といったセンターが“強力助っ人”になるはずだったが、2人ともNBAのシーズンを優先させるために代表入りを固辞してしまった。
不利な状況はこれだけではない。ドミニカ共和国の代表12人の平均身長は194センチ。これはフィリピンと並んで32チーム中の最低で、最も高いセルビア(206センチ)とは12センチもの差があるのだ。(コートに立ったとき、目の前にいる5人全員が自分より12センチも背の高い選手をマークする状況をご想像ください)。
先発5人でも195センチで、これはチェコ戦の日本の先発陣よりも7センチ低い。その小粒な軍団が2次予選に進出してしまったのだから、これはW杯中国大会を象徴するハイライトのひとつだ。ドイツ戦では相手の3点シュートの成功を19本中3本に抑え込み、チーム・リバウンド本数でも37―35と、先発5人の平均身長が198センチだったドイツを上回った。
ガルシア監督は日本を率いるフリオ・ラマス監督(55)と同じアルゼンチンの出身。南米のクラブチームやウルグアイ、アルゼンチン、ベネズエラなどの代表チームなどで指揮を執り、監督生活はもう29年にも及んでいる。
そのベテランの指揮官は今回のドミニカ共和国について「みんな驚いているだろうね。どのチームよりもサイズは小さいし、どうみても我々は格下。でもどのチームよりもハードにプレーするんだ。これこそ持ち続けていかなければならないものなんだ」と語っている。
必死にプレーする…。それはどのチームの選手も自意識としては同じだろう。ただしそれを形あるものに変えるには、選手を束ねる人物による巧みな言葉があってこそだと思う。W杯であれ、どんなレベル、どんな競技のチームでも、監督が言葉を誤ると、選手のエネルギーがバラバラに飛び散っていってしまうケースは枚挙にいとまがない。
ガルシア監督は何を考えていたのか…。その一部をここに記しておきたい。
「ここで求められているのはバスケットボールのコーチよりも哲学者なのだ。昔は目に見えるものを信じていた。でも今は、信じていれば見えるものがあると言い聞かせることなのだ。世界は変わったのだよ」。
ドミニカ共和国は1次予選最終戦(4日)では世界ランク3位のフランスに56―90で敗れた。しかし2勝1敗で堂々の2次予選進出。今度はリトアニアとオーストラリアと対戦することになったが、またしても相手にはビッグマンがズラリとそろっている。それでも彼らは信じ続けるだろう。おそらくその心理状況が各自のプレーにおいて迷いを払拭させ、献身的なハードなディフェンスも生み出していくはずだ。
日本はW杯で多くのことを学んでいる。「ここが極限だろう」と感じた一瞬を、対戦相手はさらに超えてきた感があるのではないかとも思う。トルコに大苦戦した米国もまた同じ感覚にさせられているのではないか…。世界一を争う大会では、何かが“化学変化”を起こさないと勝つことは難しいようだ。
「もう通訳はやらないよ。一回、やったからね。自分は役目を果たしたよ」とガルシア監督。2次予選の舞台は南京となるが、今度は会見がスムーズに進行することを祈っている。
最もサイズの小さなチームがやってのけたW杯中国大会での1次予選突破。NBA選手のバスケを理想に掲げるのも悪くはないが、逆境をはねのけた無名軍団の活躍と、彼らを揺り動かした言葉にも、一歩前に足を踏み出せるヒントが隠れている。“哲学者”をどう養成するのか…。そこに日本のスポーツ界の未来がつながっているように思う。
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には8年連続で出場。フルマラソンの自己ベストは4時間16分。今年の北九州マラソンは4時間47分で完走。
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