当たり前って何?伊藤美誠 変幻自在スタイルで“中国1強時代”崩す 原点は母との草卓球巡り
2020年05月12日 06:05
卓球
多彩なサーブ、レシーブを読めないのか、世界一のサウスポーが何度も首をかしげた。伊藤は第3ゲームを11―0のラブゲームで奪取し、世界を驚かせた。もっとも本人は「一試合一試合実力を出し切ることが目標。それどおりに戦えた」と、あっけらかんとしていた。
丁寧は、近年若手に押されているとはいえ、最強国の中心選手に変わりはない。その「女王」を圧倒し、さらに他の中国の上位勢にも複数回勝っている。名手ぞろいの同国の選手に対抗できるのは、今、世界で伊藤だけだ。未勝利の世界ランキング1位陳夢(ちんむ)にも「慣れは出てくるので、もっと試合をしたい」と攻略に自信を持つ。
強さの秘密は独創性にある。「逆チキータ」と呼ばれるトリッキーなレシーブや、カット型のようなバックスピンの返球もする。トップ選手には珍しく、「異質」といわれる「表ソフトラバー」をバック面に張ることも、多彩な球筋を生む。だが、技巧派ではなく、一打は強烈で動きは速い。硬軟自在で何をしてくるか分からないからこそ、世界ランキングが現行制度になった91年以降、日本人最高の2位に上り詰めた。
「試合中に隣のコートを見て、それ使えると思ったらすぐ出すこともあるそうです」と、母・美乃りさんは、娘の柔軟さの典型例を挙げる。幼少時に1日7時間もの熱血指導をした。ただし、家の中は基礎練習。今につながるひらめきや発想力は、“草卓球”で培われたと考えている。
公民館や体育館での町の大会に出場させるために「沖縄と北海道以外は行った、と言えるくらい出ました」と懐かしむ。金曜の夜に静岡県磐田市の自宅を出て、軽自動車で遠征する生活を、年長から小3まで続けた。
「一般女子にも出させていたので、下は小学生から上は70歳くらいのおばあちゃんまで、いろんな方と対戦しました。届かない前方に打たれたり、おでこに強打を食らったり。独学で卓球をされている方は、常識にとらわれないフォームや攻め方をしてくる。アイデアっていろんなところに落ちていると考えて出させていました」
小1時には韓国・済州島の一般大会にも参加した。対応力、発想力を磨くために、クセ球、クセのあるフォーム、クセのある戦術、ちまたのクセというクセを経験させたのは、将来「世界のてっぺんを獲るため」の母の戦略でもあった。
「当時も中国勢は王道スタイルの選手が多いです。だったら、突拍子もないところで勝負したらいいのでは、と思っていました」
16年リオデジャネイロ五輪の団体銅メダルを獲得し、実績を積んだ今でも、伊藤は「当たり前って何?」とセオリーを疑って戦術の幅を広げる。他競技からヒントを得ることもある。中国勢の天下を脅かしているとはいえ、通算成績で劣勢なことは承知で「どんな状態でも勝てるように、確率を上げたい」と探究心は尽きない。オリジナルの歩みは、東京五輪の表彰台の真ん中へ続いていく。
≪1年延期に前向き≫五輪の1年延期にも前向きだ。伊藤は7日の共同取材の際に、「優勝できるチャンスをもっともっと増やしたいので、プラスに捉えられている。試合がいつできるか分からないのでモチベーションの維持は凄く大変ですけど、五輪で優勝したい気持ちが強いのでそれで頑張れている」と現在の気持ちを明かした。マッサージなどの体のケア面で不便を感じながら、感覚が鈍らないように、「目の運動」を欠かさずに取り組んでいるという。
≪世界ランク2位で第4シード以内濃厚≫新型コロナウイルスの影響で、国際大会は中断している。それに伴い、世界ランキングは4月発表分を最後に、一時凍結している。
伊藤は現在2位で、東京五輪の女子シングルスで第4シード以内に入ることが濃厚。メダルを獲るためには、中国勢と準決勝まで当たらない第4シード以内に入ることが望ましく、9位の石川も食い込む可能性が十分にある。シングルスは1カ国(地域)2人までの出場で、同国の選手は決勝まで対戦しないように振り分けられる。
女子団体と、伊藤が水谷と組む混合も2位(第2シード)につける。このまま維持すれば1位濃厚の中国勢と決勝まで対 戦せず、表彰台へ期待が高まる。
五輪が1年延期になったものの、日本卓球協会は既に決まっている代表選手を変えない方針を示している。
◆伊藤 美誠(いとう・みま)2000年(平12)10月21日生まれ、静岡県磐田市出身の19歳。2歳から卓球を始める。磐田北小卒業後に大阪に移り住み、大阪・昇陽中、昇陽高卒。15年ドイツオープンで、ワールドツアーの最年少優勝記録(14歳152日)を樹立。16年リオ五輪の団体銅は、卓球競技の最年少メダル(15歳300日)。世界選手権団体で銀メダル2回。18、19年の全日本選手権で 女子初の2年連続3冠を達成した。1メートル54。