熊谷移転元年の初代王者 埼玉が示したリーグワン発展の道筋と飯島均GMの仕事術
2022年05月31日 11:15
ラグビー
「さくらオーバルフォート」と名付けられた埼玉の本拠地は、官民連携事業によって生まれた。天然芝のグラウンド1面に、最新鋭の機具がそろったトレーニングルームを備えるクラブハウス、ラインアウト練習も可能な高い天井の屋内練習場を完備。3月には徒歩5分の場所に整形外科やリハビリが専門の「ワイルドナイツクリニック」がオープンした。「最初は“そんなの無理だろう。また(ホラ吹きが)始まった”と思われていた」と飯島氏。移転が実現できたのは、第一に同氏の情熱、慧眼、そして周りの人間を巻き込む力のたまものだったと感じる。
トップリーグ時代の10~11年シーズン、悲願のリーグ初制覇を監督として果たした飯島氏は、かつてラグビー部長も務めていた伊藤精一郎社長への優勝報告の際、自ら「今年で監督を辞めます。私は大阪へ異動します」とたんかを切ったという。当時は「三洋電機」。そのラストシーズンに優勝し、11年4月からは「パナソニック」になることが決まっていた。親会社となるパナソニックも業績不振で、“外様”であるラグビー部の廃部が取り沙汰されていた時期。「誰かが本社に行かないといけない。口から出任せじゃないけど、ハッタリが利く私が行くのがいいと思った」。国道1号線を見下ろす1Kマンションに住ながら、存続に向けた“ロビー活動”を展開した。
飯島氏の仕事ぶりが垣間見えるエピソードがある。12年、SH田中史朗(現東葛)が日本人初となるスーパーラグビー(SR)参戦が現地で報道される直前、当時専務だった野球指導者でもある鍛治舎巧氏に報告したところ、雷を落とされたという。チームの顔たるW杯戦士を、あろうことかシーズンの一部が重複するSRに送り込めば、当然戦力ダウンは避けられない。対価を払う会社の立場を考えれば当然の怒りだったが、そんなピンチもチャンスに替えた。
「記者の人にも“どうして(田中を)出すんですか?”と聞かれたんだけど、そこで“実現したのは鍛治舎さんのおかです。あの方は本当に日本のラグビーの将来を考えておられる”って言ったんだよ。そうしたらそれが新聞に載ってさ。鍛治舎さんも(財界の)周りの方から褒められたんだろうね。“もっといい外国人を獲ってこい”と言ってもらえた」。同シーズン、試合数限定の契約ながら、パナソニックでプレーしたのが現役バリバリのオールブラックス、SBWことCTBソニービル・ウィリアムズだった。
この手のエピソードを挙げれば枚挙にいとまがない飯島氏。「失敗もたくさんあった」というが、一芝居を打ちながら敵や傍観者すら味方にすることで、やがて大事業を実現するに至ったわけだ。ハコモノを作るのも、まずは人間関係づくり。「県の公園の中に練習場をつくると言っても、憲法を変えないといけないわけではない」。人脈を築くことで、不可能を可能にする知見やアイデアも得られる。決勝カードが決まった後は、趣味のバードウオッチングで「パナソニック対サントリーだから、オオルリ対キビタキみたいなもんだな。オオルリは青い鳥。キビタキは黄色い鳥だから」と2種の美しい鳥を近隣の野山に探し求めたという自称「バーダー」は、この成功体験をチーム全員で共有したいと、昨季終了後は自らの意思で引退や移籍を決めた選手以外、1人の首も切らなかった。
「こういう時代をくぐってきて、こういう努力をして、こうなったというのを経験させたかった」。廃部危機を乗り越え、知力体力を振り絞って移転を実現した成功体験を、チーム全員に味わってもらいたい。「こういう経験を一生かけてもできる人が少ない中で、実体験することは大事なこと。各々にとって、ラグビーをやめても有益になるから」。選手、コーチ、裏方スタッフに至るまで、リーグ創設シーズンの優勝は、過去の戴冠以上の重みを持つことになるかも知れない。
戦力、成績、ホストスタジアムの確保状況などは誰が見てもリーグ一だったはずだが、昨年7月までに完了したディビジョン分けの審査委員会の評価は、1部12チームの中でも中位にとどまった。ただ、そうした評価すら、飯島氏は気にする素振りがない。野武士らしく、“在野”を貫いて独自の発展を続ける埼玉。来季はどんな戦いと仕掛けを見せてくれるだろうか。(アネックスコラム・阿部 令)
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