常幸龍が涙の引退会見「小さい時からの思い出があふれた」国技館で務めた最後 今後は指導者の道へ

2022年09月24日 20:48

相撲

常幸龍が涙の引退会見「小さい時からの思い出があふれた」国技館で務めた最後 今後は指導者の道へ
常幸龍 Photo By スポニチ
 23日に現役引退を発表した大相撲の元小結・常幸龍(34=木瀬部屋)が24日、オンラインで引退会見を行った。
 11年5月の技量審査場所で初土俵を踏み、歴代単独1位となる序ノ口デビューから27連勝の記録を打ち立てた。最速新十両、最速新入幕とともに歴代1位のスピード出世で番付を駆け上がり、三役も1場所経験したが膝のケガに苦しんだ。「痛み止めの薬も効かなくなって膝が限界になって、病院の方から“これ以上やったら人工関節になる”と言われた」という。名古屋場所後に師匠の木瀬親方(元幕内・肥後ノ海)に相談し、決意を固めて秋場所に臨んでいた。「“国技館の土俵で相撲を取って終わりたい”という思いがあった。最後まで土俵に立たせてもらえて感謝しかないです」。小学生の頃から何度も大相撲観戦に通った国技館。小学生の頃から何度も試合で土俵に上がってきた国技館。四半世紀に渡る思い出が詰まった場所で「小さい時からの思い出があふれた」と最後の相撲を務めた。

 西幕下33枚目で1勝6敗。「どれだけ負けようが胸を張って自分の相撲を取ろうと思ったけど体が言うことを聞かない感じだった」と満身創痍ながら戦い抜いた。「相撲人生において全てやり尽くしたと、後悔はないです」。最後まで死力を尽くした。
 最後の相撲を取り終えた直後、大成龍の幕下優勝が決まった。大成龍は11年技量審査場所初土俵の同部屋同期。デビュー場所2人で序ノ口優勝決定戦を戦ったこともある。「辛い時も2人で頑張って来られた」と話し始めると涙があふれた。はなむけの優勝を果たした同期へ「自分のことのようにうれしかった。感謝しかない」と思いを述べた。

 同期には、幕下15枚目格付け出しの明月院(現幕内・千代大龍)もいた。同じ東京出身の同学年で大学時代はライバル。2年時の全国学生選手権準決勝で常幸龍が千代大龍を破り、決勝も勝って学生横綱を獲得。4年時は決勝で対戦し、逆に千代大龍が勝って学生横綱と付け出し資格を得た。「早く追いつきたいという気持ちで下から勝ち続けた」と、いまだに破られていないデビュー27連勝の原動力にもなっていた。

 今後は日本相撲協会に残らず、指導者になる予定という。「相撲を広めたいと思っている。まわしを巻いて楽しく相撲を取るということを、いろいろな子供たちに教えていきたいと思います」。普及に努め、相撲界へ恩返ししていく第二の人生を思い描いた。

 ◇常幸龍 貴之(じょうこうりゅう・たかゆき)本名=佐久間貴之。1988年(昭63)8月7日生まれ、東京都北区出身の34歳。小2から文京針ケ谷相撲クラブで相撲を始めた。埼玉栄高では2年時の国体優勝など7冠。3年時には高校生ながら全日本選手権8強。日大では2年時の全国学生選手権優勝(学生横綱)など6冠。日大を卒業し、北の湖部屋(当時)に入門。11年5月の技量審査場所、佐久間山のしこ名で初土俵。歴代単独1位の序ノ口デビューから本割27連勝を記録。12年夏場所、史上最速タイの所要6場所(付け出しを除く)で新十両昇進。しこ名を常幸龍に改める。12年九州場所で新入幕。14年秋場所で新小結。15年初場所、日馬富士を破って初金星。その後、足首と膝のケガに苦しみ、16年九州場所で三段目まで陥落。18年秋場所で再十両を果たすも、幕下生活が長く続いていた。最高位は小結。幕内在位15場所。幕内成績92勝121敗12休。金星1個。通算成績は358勝340敗27休。1メートル87、158キロ。

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