ガッツポーズはなぜいけないのか――高校野球の美学(上)
2018年08月20日 11:30
野球
高校野球でガッツポーズが禁止されているわけではない。ただし、程度の問題はあり、明文化して制限している。
日本高校野球連盟(高野連)・審判規則委員会が編んだ『高校野球・周知徹底事項』の<マナーについて>に次の項目がある。<喜びを誇示する派手な「ガッツポーズ」などは、相手チームヘの不敬・侮辱につながりかねないので慎む>。
昨年も当欄で紹介したが、大会審判幹事を務める木嶋一黄さん(69)が2011年、埼玉県高野連主催の部長・監督研修会で講演した内容をまとめた文書がある。「ガッツポーズ、雄たけび、もう一度みんなで考えませんか」と呼びかけていた。「ほんとにこれ、必要なんでしょうか。相手を考える。相手があって自分がある。(中略)一生懸命準備して一生懸命バットを振って、空振りをしたバッター。そのバッターに向かって叫ぶ。これはどうなんですか」
木嶋さんは「甲子園では模範試合を」と繰り返してきた。先の周知徹底事項は<甲子園の全国大会も都道府県大会でも、すべて同じ考え方で運営>という趣旨によって定められている。西投手も岡山大会ですでに注意を受けていたそうだ。
何も西投手ばかりではない。今大会で言えば、金足農の吉田輝星投手(3年)や、2009年の花巻東・菊池雄星投手(現西武)も同様の注意を受けている。もっと古く、たとえば1984年夏に全国優勝した取手二など、高校野球でガッツポーズが流行しはじめた1980年代から同様の事例はあったと記憶する。
喜びや闘争心など感情が高ぶり、興奮状態に陥って思わず出てしまうのだろう。悪意はない。相手への不敬などといった感情もないだろう。
ただ、見せられる側の相手選手、見る側の観客の感情はどうだろう。喜びの自己表現として気持ちよく見える場合もあれば、度が過ぎたガッツポーズには少なからず違和感を覚える。一人でプレーしているわけではないからだ。やはり相手への敬意を欠くような態度が一因だろう。
<「ルール」と「相手」と「審判」を尊重することがスポーツの原則>とスポーツ総合研究所所長だった広瀬一郎氏(2017年5月他界)が『スポーツマンシップとは?』=高橋修編著『スポーツ教養入門』(岩波ジュニア新書)所収=で書いている。そして「勝つためには手段を選ばず」「スポーツマンシップは守らなくてもいい綺麗(きれい)事」という考え方を<弱者の弁以外何物でもありません>、<スポーツをするには「綺麗事」を実行する覚悟が問われるのです>。
西投手が注意を受けた15日試合後、日本高野連の竹中雅彦事務局長に聞くと「大会本部で注意したのではなく、審判独自の判断でしょう。やり過ぎるのはどうかと思います。国際試合のアンリトゥン・ルールにもありますから」と話した。
近年、高校野球も日本代表を編成して、国際大会に出場するようになった。アンリトゥン・ルールとは大リーグなどの「書かれざる規則」(不文律)を言う。大リーグでは派手なガッツポーズは投手も打者も戒められている。不文律に触れれば、次打席での故意死球は報復手段として当然視され、何より選手間やファン、メディアから軽蔑の対象となる。
日本人大リーガーたちは派手なガッツポーズをしていなかった。野茂英雄はノーヒットノーラン達成時に右手でグラブをたたき、同僚に囲まれて笑顔を浮かべた。多くの安打記録を塗り替えたイチローは塁上やベンチ前で静かに帽子を取り、歓声に応えていた。松井秀喜はヤンキース1年目のリーグ優勝決定シリーズで本塁生還後に飛び跳ねたのが唯一と言える感情表出だった。
何も国際化ばかりではない。過度なガッツポーズに覚える違和感、控えるべき理由はもっと根源的なところにあるのではないか。
次回は高校野球が始まった歴史的経緯と、第1回大会から続く精神について考えていきたい。
=つづく=
(編集委員)
◆内田 雅也(うちた・まさや) 今回、ガッツポーズの一例にあげた創志学園・西投手だが、その実力、素質、将来性はとてつもない。今夏の敗戦を糧に再び甲子園で成長した姿を見せてほしいと願っている。1963(昭和38)年2月、和歌山市生まれ。桐蔭高(旧制・和歌山中)時代はノーコン投手で、ガッツポーズするほどの歓喜の場面はなかった。
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