繰り返された本社介入の歴史――阪神球団の構造
2018年10月12日 12:28
野球
2人の球団役員が監督続投で動いている最中、トップの社長が監督解任を告げるという異例の図式である。谷本や嶌村を「まるでピエロ」と言う関係者もいた。むろん、2人は驚くだけでなく、怒りも感じたのは言うまでもない。「なぜ、言ってくれなかったのか」である。
ただし、谷本も揚塩の「立場はよく理解しております」と話した。揚塩は本社の命を受けて独りで動いていたのである。
先の原稿でも書いたが、本社とはオーナーの坂井信也ではない。坂井も金本退任と同じ11日、辞任を発表していた。
坂井は昨年3月で本社会長から相談役に退いていた。実権は本社会長で球団オーナー代行の藤原崇起(たかおき)、同社長で球団取締役の秦(しん)雅夫が握るようになっていた。
金本は昨年オフ、オーナー・坂井との間で3年契約を交わしていた。不成績にあえいではいたが、坂井には監督を代える気などなかった。ところが、10月に入り、最下位転落が見え始めると、本社内で金本退任を求める声が強くなった。
ある関係者は「世間の声」が原因だと言う。「球場で聞くヤジや掲げられるボード、さらにはネット上のSNSの投稿で金本や片岡(篤史ヘッドコーチ)への批判が激しくなっていた。球団にも抗議電話がかかってくる。マスコミの論調もある。そんな声にたえられなかったのだろう」
最下位が確定した8日のヤクルト戦(神宮)で辞任勧告・解任通告は決定的となった。同日、東京遠征に同行していた揚塩だが、神宮球場には姿を見せず、宿泊先ホテルにとどまっていた。本社と最後の調整をしていたのかもしれない。
揚塩は苦しい立場にあった。谷本や嶌村といった球団取締役をあざむくかのような行動にはさぞ心が傷んだことだろう。だが、球団社長とはいえ、本社内では「平取」でしかない。本社会長からの命とあれば、従うしかなかった。誰にも相談できず、金本を退任させなくてはならなかった。
1990―98年と球団社長を務めた三好一彦は本社専務だった。当時のオーナーで球団社長、会長を務めた久万俊二郎には幾度も悔しい思いをしてきたという。「逆らう? そんなことしたら“おまえ、明日から出てこんでええわ”でしまいですわ」。
三好は大リーグにも通じ、今に通じる球団本部制を敷くなど、球団への功労は相当だった。胆力もある。本社専務でもある。その三好も本社の圧力には手を焼いていた。
阪神の球団社長は古くから、この本社の介入に悩まされてきた。
1949(昭和24)年から50年にいたる2リーグ分立(実際は分裂)騒動で、阪神は当初、毎日(現ロッテ)の新規参入に賛成で、阪急、南海、東急など5球団と行動を共にする趣旨の「盟約書」を交わしていた。ただしオーナー・野田誠三の署名、押印はあるのだが、球団代表・冨樫興一は空欄になっていた。
野田は「私はハンコを押しましょう。冨樫はどうか知りまへんけどな」と漏らしていたと、後に評論家・大井広介が書いている。冨樫は本社の命を受け、雲隠れさせられていた。このためセ・パ分立となった際、阪神はドル箱の巨人戦があるセ・リーグ側に回る「寝返り」となったのだった。
本社の圧力、介入の構図は昔も今も変わらない。近年、球団社長を務めた野崎勝義や南信男らからも同じ話を聞いた。
ダイエーが南海球団を買収した1989年、漫才師の紳助・竜介が「ダイエーの社員(マラソン選手・中山竹通)が2時間で走る」とやった阪神電車の本線(大阪・梅田―神戸・元町)。長くはない本業の鉄道路線に比べ、タイガースの人気は絶大である。
どこか派手で目立つ甲子園にある子会社(球団)に、大阪・野田の本社ビルの「奥の院」にいる上層部は常に目を光らせている。事あるごとにリポートの提出を命じ、最終的な決定権は本社にあると権力を示す。
こうした構図がかつての「お家騒動」を生んできたわけだが、今回の救いは、ここに球団外部の「黒幕」が関わっていない点だろうか。いずれにしろ、本社・球団・現場が三位一体、一枚岩とならずして、本当の再建はありえない。=敬称略=
(編集委員)
◆内田 雅也(うちた・まさや) 1963(昭和38)年2月、和歌山市生まれ。桐蔭高―慶大。85年入社。阪神担当に就いたのは88年。以後、遊軍、デスク、編集委員として、阪神取材に携わってきた。張り込みで、自宅前で徹夜したこともある三好一彦球団社長が退任する際は、その悔恨を思い、目頭が熱くなった。
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