張本勲氏、一世一代の恩返し――1962年球宴、おふくろへ贈った“あっぱれ”2発
2020年05月10日 07:00
野球
「16歳で故郷を飛び出してね。パ・リーグは広島で公式戦はありませんから。広島のオールスター戦でMVPでしょ。おふくろと兄貴に恩返しができたと。胸が詰まりましたよ」
この時、プロ4年目の22歳。「5年だけ頑張る。ダメだったら広島に帰ってダンプの運転手をやっておふくろを助ける」と言って東映に入った男が、夢の球宴で名だたるスターを差し置いてヒーローになったのだ。それも鮮やかな2本のアーチで勝利に貢献。まさしく「あっぱれ!」のパフォーマンスだった。
試合には、全パの5番・左翼でスタメン出場。まずは阪神の名投手・小山正明から1号ソロを放つ。そして3―4で迎えた9回。地元・広島のエース大石清から逆転2ランで試合を決めた。大石は「広島史上最速投手」と言われた速球派。2本とも、全セのスターから放った完璧なアーチだった。
「晴れの舞台で、こんなことそうはできませんからね。男冥利(みょうり)に尽きるとはこのことですよ」
そう思うだけの理由がこの日の張本にはあった。
1年目から東映のレギュラーに定着。新人王も獲得し、全パのクリーンアップを打つまでに成長した。そして迎えた故郷でのオールスター戦だ。「おふくろに兄貴、親族全員を招待しましたよ。中学校の時、暴れん坊を“私が面倒見ます”と言って3年間担任をしてくれた先生も、それに初恋の人もね」。スタンドで見守るお世話になった人たちへ、一世一代の恩返しだった。
思えば、幼少時に父を亡くし、母・順分(スンフン)さん(85年に他界)が女手一つで育ててくれた。大阪の浪商(現大体大浪商)で野球を続ける張本のため、2万3000円の月給から月1万円を仕送りしてくれたのは兄・世治さん(96年に他界)だ。
「おふくろは野球をあまり知らない人でね。周りから祝福されて、うれしかったと思いますよ。暴れん坊だった息子が、“こんなになった”と。あの時、何とか親孝行ができたと思いましたねえ」
ずっと心配していた母に、いつも助けてくれた兄に、プロで活躍する姿を見せてあげたい。そんな思いが打たせた2本のアーチだった。
プロ入り時、契約金200万円から100万円を出して、母のために広島で53坪(約175平方メートル)の土地に家を建てた。「トタン屋根の小さな家からいいところに住んでもらいたくてね」。その3年後、今度は自身のプレーで最高の親孝行をしてみせた。この試合、全セの3番・王貞治(巨人)も2ランを放ち、浪商の後輩でルーキー尾崎行雄(東映)が当時17歳で勝ち投手になっている。でも、広島の夜に最も輝いたのは張本だった。
「あの故郷のオールスター戦は、今でも一番の思い出ですよ」
この62年は東映が初優勝し、日本一に。張本はシーズンMVPにも輝いた。ただ、プロ野球史上最多の3085安打を放った大打者の心には、広島の夜が深く刻まれている。敬称略)
≪稲尾からサヨナラ弾 水原監督から3万円≫公式戦で思い出深い本塁打があった。1961年9月21日の西鉄戦。駒沢球場で、張本は西鉄の大投手・稲尾和久からサヨナラ本塁打を放った。その試合後のことだ。
「監督室に呼ばれましてね。小遣い3万円をもらった。千円札で30枚。すぐにガールフレンドと銀座に食事に出掛けましたよ」
東映の名将・水原茂監督から太っ腹のご褒美。当時はやっていた歌に、フランク永井の「13、800円」という歌があった。1万3800円は当時の大卒初任給の平均額。その倍以上を小遣いでもらった。「あの頃はもう1万円札もあったはずだけど、なぜか千円札ばかりでね。うれしかったですねえ」。名将ならではの大盤振る舞い。それもまた古き良き時代の思い出だった。
◆張本 勲(はりもと・いさお)1940年(昭15)6月19日生まれ、広島県出身の79歳。浪商(現大体大浪商)から59年に東映(現日本ハム)に入団。1年目から外野手としてレギュラーに定着し、新人王に輝く。76年に巨人、80年にロッテへ移籍。23年間の現役生活でプロ野球最多の通算3085安打を放つ。通算打率.319、504本塁打、1676打点。首位打者7回。MVP1回。90年野球殿堂入り。
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