安全を求めれば…村田諒太が「ミドル」に生きる意味とは
2017年05月19日 10:15
格闘技
![安全を求めれば…村田諒太が「ミドル」に生きる意味とは](/battle/news/2017/05/19/jpeg/20170518s00021000347000p_view.jpg)
竹原氏で思い起こすのは、東洋太平洋タイトル戦での李成天(韓国)との2度の激闘だ。初戦は逆転KO、2度目はダブルノックダウンを経ての判定勝ち。自称「広島の粗大ごみ」は、気持ちの強さだけでは語れない、底の知れないしぶとさを持っていた。常に退路がない崖っ淵に立っているような戦いぶりだった。
この頃の奴等は、勝ち負けに関係なく、どっちへ転んでも損がいかないような工夫がしてある。奴等は博打を打っているんじゃない。つまり、商売をしてるんだ。
阿佐田哲也名義で色川武大氏が書いた小説「麻雀放浪記3 激闘篇」に出てくる一節だ。
日本で戦うボクサーにとってミドル級は、勝ち続けても、まず世界挑戦の機会は巡ってこない。1度でも負ければ、道は確実に閉ざされる。やっと世界挑戦を手にしても、負ければ間違いなく次はない。「広島の粗大ごみ」は、世界戦前から、リングで鬼気迫る覚悟を見せ続けてきた。
身体を張らない安全博打で遊んでるような野郎は大嫌いだ。奴等は博打をナメてるが、博打ばかりでなくこの世のいろんなものをナメて暮らしている。
日本選手にとってのミドル級は、安全博打ができない階級だろう。失礼ながら、他の階級と違って、「挑戦」も「もう一度」もほぼないから、世界を目指すのなら、負けても損がない工夫をしている余裕はない。体を張り続けるしかないのだ。竹原氏は「運があった」と言うが、あの世界戦で、ダウン経験がない王者からダウンを奪った左ボディーアッパーには、運を引き寄せる強い思いがこもっていたと思う。
さて、村田選手。高校時代、新入生勧誘のエキシビションでボクシング部の後輩が、部員ではない空手経験者にやられたため、その空手経験者をリングでボコボコに殴りつけた。空手経験者が学校に告発し、退学を覚悟した時、武元前川監督に言われた言葉が、忘れられないという。
「おまえが人を殴るというのは、そういうことなんだよ」
おまえの拳には、可能性が宿っている。使い方を間違えるんじゃない。村田選手は、そういう意味だと心に刻んだ。その拳が、勝負の時を迎える。「ミドル」で生きる日本選手しか味わえない、絶壁を背にした戦い。最後に、「怪物」と称された色川氏の、この言葉を書いておきたい。
安全を求めれば仮の姿でしか生きられない。
◆鈴木 誠治(すずき・せいじ) 安全運転が好きな50歳。ボクシング担当時代、何度も1面原稿を書いたが、1面になったこと(たぶん原稿の出来よりも)を最も喜んでくれたのが、竹原氏だった。村田選手は、ロンドン五輪前に取材した縁もあり、注目している。