堀井師 馬主思い…出走回数にこだわり、諸外国のエッセンス導入も
2022年02月09日 05:30
競馬
最も印象に残るレースとして挙げたのはG1初制覇となった04年朝日杯FSマイネルレコルト。「後藤(浩輝)騎手が強気な競馬をしてくれて、安心して見ていられた。“あの馬”が出てなくて良かったよ」と笑った。あの馬とは同世代の3冠馬ディープインパクト。レコルトは皐月賞、ダービーも掲示板を確保。「(ディープが)いなかったら翌年もう一つくらい(G1を)勝てたかもしれないけど、いいライバルと戦えて幸せだった」と感慨深げに回顧した。
堀井厩舎の特長は出走回数。「夢は一日全レースに管理馬を出走させる」。さすがにかなわなかったが「やっぱり馬主さんは自分の馬がレースに出るとうれしいじゃないですか」と説明。これはリーディングトレーナー矢作師の理念とも共通する点がある。
競馬界を最も変化させた事象としてジャパンCの開催を挙げた。「馬のことを彼とか彼女とか言うようになったのはあれくらいから。海外の人がHeとかSheとか言ってたからだよ。あれで馬に対する接し方がだいぶ変わった。騎手や馬をアスリートとして見るようになったのも、あの辺りからじゃないかな」
オーナーと共に米国の競走馬セールに出掛け、外国産馬を購入した先駆けの一人。短期免許で来日した外国人ジョッキーに積極的に騎乗依頼し、諸外国のエッセンスも取り入れた。また東西の垣根を越えて武豊をデビュー当初から重用。「僕も武さんも京都出身という縁もあったけど、当時は関東の厩舎が何で関西の騎手を起用するんだ!って言われたこともあった。今では当たり前なんだけどね」。競馬界にさまざまな新風を吹き込んだ調教師だった。
◇堀井 雅広(ほりい・まさひろ)1951年(昭26)12月4日生まれ、京都府出身の70歳。騎手としてJRA通算2755戦181勝。95年厩舎開業。調教師としてJRA通算7887戦は現役で藤沢和師、国枝師、森師に次ぐ4番目の多さ。434勝。