直腸がん新治療「Watch&Wait」 ブラジル人女医が発見 世界中から猛反発も現在はスタンダードに

2023年05月01日 01:00

社会

直腸がん新治療「Watch&Wait」 ブラジル人女医が発見 世界中から猛反発も現在はスタンダードに
ハバ・ガマ医師(左)のオフィスで記念撮影する小西医師。ガマ医師は大の日本好きで、庭は日本庭園 Photo By 提供写真
 がん治療の最前線、米国で働く日本人医師が現場から最新の情報を届ける「USA発 日本人スーパードクター これが最新がん治療」。第2回は、テキサス州ヒューストンにある米がん研究最大の拠点「MDアンダーソンがんセンター」で治療に取り組んでいる小西毅医師が、手術しない治療法「Watch&Wait」について解説します。
 「ステージ2、3の直腸がんの約5割は、1カ月の放射線治療と4カ月の抗がん剤でがんが消え、手術せずに治すことができる」

 2020年、ニューヨークのがんセンター「MSKCC」を中心としたグループから衝撃的な臨床試験の結果が報告されました。この結果は権威ある医学誌JCOに論文掲載され、今では手術しない治療法「Watch&Wait」は直腸がんの標準治療として、欧米では治療ガイドラインにも記載され広く普及しています。この治療には特別な抗がん剤などは必要ありません。日本でも手に入るごく一般的な抗がん剤と放射線治療の組み合わせです。今回は、このWatch&Waitについて掘り下げて解説します。

 「先生には手術してもらって感謝してますが、食事すると便がひっきりなしで、漏れるのが怖くて外出できません」「手術してから勃起も射精もできなくて…」「人工肛門の臭いが周囲に漏れてないか心配です」

 これらは外科医であれば誰もが経験する患者さんの生の声です。直腸がんは手術で完全に取り除けば比較的治りやすい病気ですが、手術は大きな代償を伴います。人工肛門、便失禁や頻便、勃起・射精・排尿の障害。患者さんはこれらの代償を払って、確実にがんを取り除く手術を選択しているのです。

 外科医の技術が高い日本では、歴史的に放射線を組み合わせることなく手術だけで直腸がんを治療してきました。一方、欧米では古くから手術前に放射線、抗がん剤を積極的に組み合わせ直腸がんを小さくしてから手術するのが標準でした。放射線治療を行うと、一部の症例ではがんが小さくなるどころか完全に消えてしまうことが日本でも以前から知られていました。そのような症例では、手術しても標本にがん細胞が残っていなかったわけです。

 「がんが消えているのに、これほど代償の高い手術を行う必要はないのではないか?」

 ブラジル・サンパウロの女性医師、ハバ・ガマ氏は「手術が原則」であった1990年代に世界で初めて「放射線でがんが消えたら手術せず様子を見るWatch&Wait」を提唱しました。発表した当初は「手術が原則の時代に非倫理的だ」「うそのデータだ」とさんざん非難されましたが、彼女は諦めませんでした。「新しい治療法は必ず初めは嘲笑され、反対され、最後におのずと真実と証明される」。彼女は信念を貫き、放射線でがんが消えれば「Watch&Wait」しても手術と変わらない生存成績が得られること、手術を避けることで生活の質が圧倒的に保たれることを証明したのです。それから25年余り、今では欧米をはじめ世界各国が追随し、安全で有効な治療であることが「Lancet」等の一流医学誌に報告されています。直腸がんの標準治療になった「Watch&Wait」は、80歳超えの今でも現役のブラジル人女性医師が広めたものなのです。

 放射線と抗がん剤でがんを効率よく消滅させるには、これらのエキスパートである腫瘍内科、放射線治療科とのチーム医療が大事です。安全なWatch&Waitにはがん消滅の正確な診断が必要なので、トレーニングを積んだ内視鏡医、放射線読影医との連携も大事です。約5割でがんが消えても、残りの消えない患者さんは手術が必要ですから、外科医の腕も必要です。がんが消滅したと診断しWatch&Waitをしても、一部の症例では生き残ったミクロながん細胞が再増殖し、手術が必要になることがあります。慣れた外科医が定期的に検査、診察し、再増殖を早期発見して適切に手術することが大切です。約5割でがんが消えても、残りの消えない患者さんは手術が必要です。がんの消滅を正確に見極め、必要な症例は手術し、不要な症例は手術せずしっかり見送る。外科医の選球眼とチーム連携が大事です。

 私は冒頭の臨床試験が行われたニューヨークのMSKCCでWatch&Waitの臨床を生で学び、2016年に帰国後、当時働いていた東京のがん研有明病院でWatch&Waitを開始しました。今でもがん研有明病院では同僚たちがWatch&Waitを積極的に継続し、実績を上げています。日本は外科医のレベルが高く、内視鏡や画像診断も精密です。経験さえ積めば世界で最もWatch&Waitを上手にできる環境が整っています。まだ日本では経験を積んだ施設は限られますが、安全に配慮した臨床試験などの形で始めた施設も出てきています。

 Watch&Waitでも手術でも、がんの治療は知識と経験の豊富な医師、施設にかかることが大事です。そして患者さんは「放射線と抗がん剤で手術を回避できるかもしれない」ということを知識として持っておくことが重要でしょう。

 次回は米国で臨床応用が進む大腸がんの新たな戦略、免疫治療や腫瘍DNAを用いたがんの早期発見技術についてリポートします。

おすすめテーマ

2023年05月01日のニュース

【楽天】オススメアイテム