世界が注目「日本式」消化器がん手術 “腹腔鏡・ロボット手術で行われるリンパ節郭清”

2023年06月05日 03:30

社会

世界が注目「日本式」消化器がん手術 “腹腔鏡・ロボット手術で行われるリンパ節郭清”
オランダで手術指導した際の一枚です Photo By 提供写真
 がん治療の最前線、米国で働く日本人医師が現場から最新の情報を届ける「USA発 日本人スーパードクター これが最新がん治療」。テキサス州ヒューストンにある米がん研究最大の拠点「MDアンダーソンがんセンター」で治療に取り組む小西毅医師による第4回は、欧米に広がる日本の消化器がんの手術技術についてです。
 ≪日本では当たり前の技術も米国ではまだ“危険な手術”≫
 日本は自動車や電化製品などさまざまな分野で技術大国といわれていますが、消化器がんの分野でも技術が高いことで知られています。今回は日本が世界に誇る消化器がんの手術について解説します。

 ある日、私の働くMDアンダーソンがんセンターの同僚の外科医から相談を受けました。

 「小西先生、この患者は2年前に他の病院で大腸がんの手術を受けたのですが、リンパ節に再発したようです。この再発がんは、大きな血管や膵臓(すいぞう)のそばにあって私の技術では難しいですが、小西先生の日本の技術では取り切ることができますか?」

 CTを見ると、日本では初回手術で取るのが当たり前のはずのリンパ節が取り切られておらず、そこに残った大腸がんが再発してきたようです。日本でたくさん行ってきた手術ですので、私はこの患者さんを引き受け、「ダヴィンチ」という機器を用いたロボット手術で、ほとんど出血もなく再発がんを取り切ることに成功しました。

 米国へ拠点を移して2年半。このように米国の不十分な手術のせいで取り残された大腸がんの再発を数多く目にし、手術してきました。手術の技術が高い日本では、リンパ流に沿ったがんの広がり(リンパ節転移)を考慮して、広い範囲のリンパ節を切り取る「リンパ節郭清」でがんを手術します。たとえリンパ節に転移していても、手術できちんと取り切れば治ります。日本の外科医は若い頃からリンパ節郭清を当たり前の技術として学んでおり、日本全国で安全に行われています。しかし、米国では一部の上手な外科医を除いて日本のようなリンパ節郭清は行わず、「合併症の多い危険な手術」といった認識をされてきました。

 ≪オランダ技術浸透へ国家プロジェクト化“西洋医学の源”に逆輸入≫
 近年、欧米と日本の大腸がんの成績を比較する研究が複数行われ、日本のリンパ節郭清が再注目されています。例えば2019年に私とオランダ人のミランダ・クスターズ医師の2人で行った国際研究では、直腸がんにおける骨盤リンパ節郭清の効果を立証し、JCOという権威ある医学雑誌に論文発表され、世界的な注目を集めました。

 直腸がんに対する骨盤リンパ節郭清は、日本ではごく一般的な技術ですが、欧米ではほとんどの外科医がやったこともありません。オランダではこの研究結果を受けて、国家全体のプロジェクトとして骨盤リンパ節郭清を導入するプロジェクトが始まりました。私はこのプロジェクトの技術アドバイザーとして、毎月1度、オランダ全国の外科医を相手に骨盤リンパ節郭清を指導しています。

 日本の西洋医学はオランダのシーボルトから江戸時代後期にもたらされ始まりましたが、今や日本で開発され進化した手術医療が海を渡り、オランダへ逆輸入されているわけです。

 ≪直腸がん 日本の全国症例85%が腹腔鏡・ロボット手術≫
 日本の手術の特徴として、しっかりとしたリンパ節郭清に加え、その多くを腹腔(ふくくう)鏡手術やロボット手術で行います。例えば、直腸の手術は全国症例の85%近くが腹腔鏡・ロボット手術で行われており、これは世界でもトップクラスの高い普及率です。おなかを大きく切らない腹腔鏡手術やロボット手術は合併症や痛みも少なく、患者さんが早く回復します。

 米国でも日本式手術に対する外科医の注目は高まっています。私は渡米後、米国の外科医を対象に定期的な手術指導コースを行っていますが、複雑なリンパ節郭清をロボット手術で緻密に行うと、多くの米国人外科医が非常に驚き、喜んで学ぼうとします。

 これまで米国、オランダ以外にも、カナダ、ブラジル、韓国、中国、ロシア、英国など、多くの国で公開手術や手術トレーニングを行ってきました。どこの国でも、外科医は見たことがない手術に対して初めは消極的ですが、実際に見せてデータを示すと、言葉の壁を越えて「良いものは良い」と認め、真剣に学んできます。

 私が働くMDアンダーソンがんセンターでは、日本式のリンパ節郭清やロボット手術に加え、欧米式の抗がん剤や放射線、免疫治療、さらに最新の画像診断などを組み合わせて、より高度な治療へ進化できるよう新たな試みを始めています。

 ≪内視鏡外科学会の技術認定制度が貢献≫
 日本の手術のクオリティーは、日本内視鏡外科学会による手術技術認定制度により厳しくコントロールされています。全国の外科医が同じようにしっかりとしたリンパ節郭清を行い、高いレベルで安全にできるような教育システムが出来上がっているのです。日本ほど厳しい手術技術認定システムは世界的に見ても珍しく、日本の高い手術技術を安全に維持、発展させるのに大きく貢献しています。

 海外と日本の外科医を比べると、日本の外科医は手術に対して非常に真面目に取り組み、妥協しません。手先の器用さよりも、日本人の勤勉さや画一的な教育システムが良い方向に働いていると思われます。
 次回は日本が世界に誇るもう一つの技術、内視鏡診断と治療についてリポートします。

 ◇小西 毅(こにし・つよし)1997年、東大医学部卒。東大腫瘍外科、がん研有明病院大腸外科を経て、2020年から米ヒューストンのMDアンダーソンがんセンターに勤務し、大腸がん手術の世界的第一人者として活躍。大腸がんの腹腔鏡・ロボット手術が専門で、特に高難度な直腸がん手術、骨盤郭清手術で世界的評価が高い。19、22年に米国大腸外科学会Barton Hoexter MD Award受賞。ほか学会受賞歴多数。

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