進化し続けるロボット手術 高難度手術でも、がん完全切除

2023年11月06日 05:00

社会

進化し続けるロボット手術 高難度手術でも、がん完全切除
ダヴィンチの操縦コンソールです。ダブルコンソールでは研修医に教えながら一緒に操縦できます Photo By 提供写真
 がん治療の最前線、米国で働く日本人医師が現場から最新の情報を届ける「USA発 日本人スーパードクター これが最新がん治療」。テキサス州ヒューストンにある米がん研究最大の拠点「MDアンダーソンがんセンター」で治療に取り組む小西毅医師による第13回は、進化し続けるロボット手術についてです。
 ◆世界の手術を変えた◆

 米国で生まれた手術支援ロボット「ダビンチ」は、今や世界中に広まり、文字通り世界の手術を変えています。日本でもダビンチが保険適用となる手術が少しずつ広がり、ニュースなどで耳にする機会も増えていると思います。本日は、米国のがん医療におけるロボット手術の最前線について報告します。

 ロボットが登場する前、最先端の手術は腹腔(ふくくう)鏡手術でした。体に開けた数カ所の小さな穴から専用の細いカメラと手術器具を入れ、患部を切り取る手術です。大きな傷を開ける開腹手術に比べ、出血や体への負担が少なく、術後の回復も早いため、日本をはじめ各国で大腸がん、胃がんなどの通常の手術はほぼ腹腔鏡に置き換わりました。

 しかし、腹腔鏡にも欠点があります。人間の手指と異なり、関節がなく曲がらない器具を使用するため、体の深いところでは細かい操作が制限されます。また術者が直接持つ器具やカメラの手ぶれにより、操作が不安定となり手術の質が下がります。日本では内視鏡外科学会による技術認定制度で腹腔鏡手術の質を担保していますが、その合格率が30%に満たないことからも分かるように、習得には大変な時間と経験を要します。

 この操作性の悪さを一気に解決したのがダビンチです。体に開けた小さな穴からロボットのアームを入れ、人間の手のように自由に動く関節のついたロボット鉗子(かんし)で手術をします。術者は患者さんから離れた操縦室に座ってリモート操作を行います。手ぶれ補正機能と3Dハイビジョンカメラにより、体の深い場所でも操作が制限されず、細かい操作が正確にできる。これは外科医にとって非常に魅力的です。

 ◆1台数億円が9台も◆

 米国のように肥満で身長の高い患者さんが多い場所では、腹腔鏡手術の難度が高いため、ロボットがより威力を発揮します。米国では保険適用も問題ないため、日本よりも広い範囲でロボット手術が行われています。MDアンダーソンは高次のがん専門病院として1台数億円のロボットが9台もあり、フル活用されています。私自身、通常の直腸がん、結腸がんの手術はもちろん、より高難度な再発がん、複数臓器を切除する症例なども全てロボットで行っています。

 例えば先日は、午前7時から1件目のロボット手術。100キロ以上ある肥満の40歳女性で、子宮へ広がる大きな直腸がんです。ロボットで直腸と子宮を一緒に切除し、残った直腸をつなげて人工肛門を回避しました。終わって休む間もなく午後からは2件目。また100キロ以上ある肥満の30代男性です。肛門に近い直腸がんで、他院では永久人工肛門と言われましたが、ロボットで正確に肛門括約筋を残し、さらに性機能の神経も全て残して直腸を切除することができました。神経や括約筋を残す細かい操作はロボットがより得意とするところです。

 ロボット手術は操縦室で座って操作するため、1日に2件手術しても外科医の体の負担は比較的楽です。1日おいて、他院で過去に手術した大腸がんが大動脈の近くに再発した患者をロボットで完全に切除しました。再発大腸がんの手術は難易度が高く、出血の危険も高いのですが、ロボット手術で正確な操作を行うことで大きな出血もなく、完全にがんを取り切ることができました。

 私の同僚の日本人外科医である生駒成彦先生は胃・膵臓(すいぞう)が専門で、膵頭十二指腸切除術(Whipple手術)という難易度の高い膵臓がんの手術をロボットで行っています。私たちが行うような難易度の高いロボット手術は米国でも限られた施設でしか実施されていませんが、MDアンダーソンではこのような手術が日常的に行われ、大きな合併症なく数日で退院します。

 ◆各国で進む開発競争◆

 ダビンチは長い期間、手術ロボットの市場を独占していました。しかし長年守られてきた技術特許が切れたのに伴い、近年では世界中で新しい手術ロボットが開発されています。医療器具大手のメドトロニック社からは、自由に設置できる操作性の高いアームと術者に負担の少ない開放的な操縦室を持つ「ヒューゴ」というロボットが開発され、注目を集めています。日本からは、工業用ロボットの世界的大手である川崎重工業から「ヒノトリ」という国産ロボットが開発されました。ダビンチよりも安価で維持費用が少なく、医療コストを抑えたい各国から注目されています。

 一方、ダビンチを開発したインテューティブ社も、新たなテクノロジーとしてリモート医療を念頭においた遠隔手術支援システムを市場投入し、すでにMDアンダーソンにも設置されています。近い将来、AIによる手術支援システムも導入されるようです。数年後のロボット手術は、最新の車や飛行機のように自動操縦や画像認識が搭載された新しいシステムになっていることが予想されます。


 ◇小西 毅(こにし・つよし)1997年、東大医学部卒。東大腫瘍外科、がん研有明病院大腸外科を経て、2020年から米ヒューストンのMDアンダーソンがんセンターに勤務し、大腸がん手術の世界的第一人者として活躍。大腸がんの腹腔鏡・ロボット手術が専門で、特に高難度な直腸がん手術、骨盤郭清手術で世界的評価が高い。19、22年に米国大腸外科学会Barton Hoexter MD Award受賞。ほか学会受賞歴多数。

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