家族のための42万円 もしそのお金があったらあなたは何をしますか?
2018年04月04日 11:00
バスケット
ナイジェリア南部デルタ州の出身。13歳のとき、NBAと国際バスケットボール連盟(FIBA)が共同で展開している社会貢献活動「バスケットボール・ウィズアウト・ボーダーズ(国境なきバスケ)」で関係者の“アンテナ”に引っかかった。そして米フロリダ州ジャクソンビルの高校に留学。みるみると頭角を現し、強豪校のひとつカンザス大に進学した。
その彼が「ファイナル4」に母フローレンスさんを招待した。全米大学体育協会(NCAA)では、勝ち残った4校の選手には家族招待費用として最大4000ドル(約42万円)を支給する規定がある。そのシステムを利用して自分の晴れ舞台に最愛の母を呼んだのだ。
私自身もそうだが、その親孝行がどれほど難しいものだったかは日本人の感覚では理解しづらいかもしれない。なにしろ彼が最後に母に会ったのは米国に留学する直前の13歳。つまりもう5年以上も2人はお互いの目を見ていない。
「故郷に戻るのは簡単なことじゃない。いろんなことが起こってしまう。一方で自分は勉強しなくてはいけなかったから、その両方をこなすことはできなかった」。
日本でもニュースで「ボコハラム」というテロ組織の名を聞く機会が多いことだろう。そのボコハラムの拠点はナイジェリア北部。アズブーキーの故郷は南部だが、それでも体がひときわ大きな彼が街中をうろうろするには、身の安全の確保に神経をすり減らすのかもしれない。彼は抱いた「不安」の具体的内容には言及していないが、「帰ったら戻ってこれないかも」という揺れ動く気持ちが、母との距離を遠いままにした原因かもしれない。
旅費はNCAAが負担。でも他の選手と違って、それだけでは母親をサンアントニオまで連れてくることはできなかった。なにしろ旅券(パスポート)を持っていないし、米国への査証(ビザ)もない。そこでカンザス大関係者が動いた。政治家もサポート。ナイジェリア政府に事情を説明して“迅速な処理と手続き”を求めた。それでも物事はスムーズには運ばない。身支度を整えたフローレンスさんはボランティアに導かれて自宅から917キロも離れた首都アブジャの大使館まで赴くが、ビザ発給の通知を受けたのはその大使館の中だった。
さあ米国へ…。ところがこれもうまくいかない。エール・フランス航空はちょうどストライキに突入したばかり。パリ経由米国行きの代替え便を探すのにまたひと苦労することになった。
かくして多くのお金と時間と関係者のサポートのおかげでフローレンスさんは試合直前にアリーナにたどり着いた。
「母は本当によく働く人。バスケットボールのことは何もわからないし、ましてや試合を見たこともない。でも僕の姿を見てもらえることがとてもうれしかった」とアズブーキー。故郷にはインターネット環境が整っておらず、電話による会話も2〜3週間に一回だったが、5年ぶりに親子は故郷とははるか離れた異国の地で再会した。
「ナイジェリアを出発するとき、母は僕に聖書を握らせて“心の中にもいつも聖書を!それを忘れないで”と言いました。その母が僕を育ててくれたんです。だから彼女のために頑張りたい」。
3月31日の準決勝。カンザス大はビラノバ大に79―95で敗れた。アズブーキーは26分出場して8得点と5リバウンド。決して満足のいく内容ではないし、敗戦はさぞかし悔しかったことだろう。ただ、彼が手にした4000ドルは人間にとって最も大切なものに生まれ変わった。
13歳でアフリカを旅立った少年。5人きょうだいの末っ子だが、ずいぶんと大きくなった。さてフローレンスさんの目にはどう映ったのだろうか?
3月30日午後11時30分。人がまばらになったサンアントニオ国際空港のロビーで、1人の女性を力強く抱きしめる大柄な青年の姿があったという。ホテルから空港には「お願いだから1人で行かせてほしい」と関係者に懇願したそうだ。試合前に泣くわけにはいかないと思ったのだろう。なので2人の“物語”はここで終わっている。でもそれでいい。ナイジェリア発米国行き。長く遠くそして愛にあふれた旅だった。(専門委員)
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市小倉北区出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。スーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会に7年連続で出場。
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