そして「じい」になる。国民栄誉賞授与式の記
2018年07月11日 09:00
フィギュアスケート
「きょうはどちらから?」。
「フィギュアスケートから来ました」。意味不明だ。
7月2日、羽生結弦選手の国民栄誉賞授与式。スポーツ紙カメラマンにとってここはあまりに敷居の高い場所。こちらの不手際もあり40分のすったもんだの末にたどりついたのは官邸の玄関ホール。ニュース番組でおなじみ、報道陣が「総理!」とお声掛けするところです。ここで国会担当カメラマンのみなさんと一緒に羽生選手の到着待ち。完全アウェーの私ですが「彼はスーツで来て邸内で羽織袴に着替え、式にのぞむ」なんて事前情報も教えてもらったりしていました。ついでに懸案事項をご質問。「撮影の際には声を掛けてもいいものですかね?例えば盾の授与シーンの撮影のあとでSEIMEIのポーズを2人でやってもらうとか」。「止めはしませんが…。2人の会話の中でそんな話がでれば…」。と意味深な笑みを浮かべる。
午前10時40分、羽生選手を乗せた車が車寄せに到着。
事前情報とは違い、いきなりの紋付き袴姿の彼が玄関ホールに姿を見せると同時に激しいシャッター音とストロボの明滅が起こり空気が変わる。
折り目うるわしき仙台平、涼やかなりや絽の黒紋付。
このありあまる「若様感」の前にひれ伏した私は「じい」になった。
式典会場に場を移してからは、心配性のじいの小言が止まらない。
「若様、緊張を気取られてはいかんですぞ」(緊張?存在感で場を支配してました)。
「若様、キョロキョロしてはなりませぬぞ」(一度だけ後方の壁に目をやっただけ)。
「若様、男子たるものそう簡単に白い歯はお見せになるものではござらん」(それが魅力です)。
「若様、扇子を落とすとは!これが本番だったらディダクション、1点減点ですぞ」(式が始まる直前、立ち上がった際のこと)。
そして式典の最後、安倍総理が羽生選手の右手をがっちり握ったところでじいの心配性は頂点に。
「総理!おたわむれを。お力が過ぎませぬか!」と(心の中の)刀の柄に手が伸びた。
その後、報道陣との囲み取材を終え式典会場を出る羽生選手を目で追った。その背中に声を掛ければきっと振り返り、飛び切りの笑顔を見せてくれるだろう。だがここは首相官邸。この場にふさわしくない行為とみなされ彼に迷惑がかかるやも知れん。
「若様、ご立派でござった」と心でつぶやき見送ることにする。
「2人でSEIMEIを、なんて言える雰囲気じゃないでしょ」。帰り際に旧知の国会担当カメラマンから声がかかる。
「なんの、これも忖度でござる」。
暑くて熱い一日だった。(写真部長)
▼長久保豊(ながくぼ・ゆたか)1962年生まれ。帰宅途中のコンビニで「きょうはどんなお仕事でしたか?」と聞かれ「安倍総理と羽生結弦選手のお側でお国のために働いていたんだよ」と答えたら店員さんがすごく驚いてくれたことがうれしかった56歳。
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