75年目の終戦記念日 混乱する世界の中で思うこと そして誰もいなくなるのか?

2020年08月15日 08:00

スポーツ社会

75年目の終戦記念日 混乱する世界の中で思うこと そして誰もいなくなるのか?
文庫本の「そして誰もいなくなった」 Photo By スポニチ
 【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】1939年11月、アガサ・クリスティーが書いた推理小説が英国で刊行された。タイトルは「TEN LITTLE NIGGERS」。マザー・グースの同名の童謡に合わせて10人が死んでいく見立て殺人のストーリーだった。ただし「NIGGER」はアフリカ系の人たちへの蔑称。翌年に米国版が出たときには「AND THEN THERE WERE NONE」に変更され、1955年刊行の日本版はこのタイトルに合わせて「そして誰もいなくなった」となった。
 米国では1964年から86年まで「NIGGER」という言葉を避けるために「TEN LITTLE INDIANS」というペーパーバック版があったそうだが、これも「INDIAN」という言葉にネイティブ・アメリカンへの差別感があるとして使われなくなった。

 1人が死んでいくたびに減っていく10体の人形はもう「NIGGER」とも「INDIAN」とも呼べない。そもそも小説の舞台となった島の名前も「ニガー島」や「インディアン島」ではなく「兵隊島」と表記されるようになった。

 黒人男性が警官に膝で押さえつけられて死亡してから、全米では人種差別問題に対する抗議行動が拡大。NBAウィザーズの八村塁選手(22)も、ワシントンDCで行われたデモに参加して日本でも注目を集めた。「BLACK LIVES MATTER(黒人の命も大切だ)」のフレーズは今の社会を象徴するスローガンでもあり新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けてフロリダ州オーランドでシーズンを再開させたNBAのコートにはその言葉が記されている。

 クリスティーは1955年に「ヒッコリー・ロードの殺人」という作品を残しているが、この中に登場するアフリカやアジア系の留学生の描写でも、現在ならば「差別」と受け取れる表現がある。ただそれは当時「差別」ではなく「区別」するものだったのだろうし、その時代の中では許容範囲内の書き言葉だったように思う。

 時は流れた。「BLM運動」が再燃してから、南北戦争にかかわった人物たちの銅像などが破壊される事件が続出。奴隷制度を容認、もしくは否定しなかったことへの“歴史的な罪”を問うムーブメントだった。

 米国の首都、ワシントンDCを本拠にしているNFLのレッドスキンズはついにチーム創設以来、使い続けてきたその名前とネイティブ・インディアンを描いたロゴマークを放棄。長年にわたってネイティブ・アメリカンの団体から「差別的だ」と指摘されながら背を向けていたが、「BLM運動」のインパクトの大きさを考慮して今季はニックネームを用いず「ワシントン・フットボールチーム」という名称で試合を行うことになった。

 人間は言葉を持ったばかりに外見や思想などによる差別感や優越感を手にしてしまった。「区別」ではなく「差別」にエスカレートすると今度は大きな宇宙からすればとてつもないミクロな世界に、自らの大きさを理解していない誤った概念を持ち込んでしまった。そしてそれは戦争へとつながっていく。正義と大義さえあれば、あるいはそれを作り出してしまえば、人の命を奪うことが今もなお一部の人たちの間で正当化されている。テロによる被害のニュースを見るたびに、いつもそう感じている。

 生きとし生けるものはこの宇宙ではひとつずつがすべて“奇跡”である。肌の色や性別などで差別する理由などどこにもない。だからこそ「平等」と「平和」が当たりまえである世界であってほしいと思う。

 1945年8月8日。広島市への原爆投下から2日後に福岡県八幡市(現・北九州市)は3度目の空襲に見舞われた。投下されたのは無数の焼夷弾。市街地は火の海となった。その煙は翌9日も上空にまで立ち込め、それが原爆の第2投下目標だったお隣の小倉市(現・北九州市)を“隠す”ことになったとされている。

 私の母はそのとき小倉にいた。長崎に落とされた第2の原爆は母の運命を変え、私はこの世に生を受けた。海軍士官学校にいた父は人間魚雷「回天」でやがて突撃する運命だったと生前によく私に話していた。私自身は戦争を知らないが、すでに我が家に“語り部”はいない。ただ毎年、この日が来ると差別も戦争もない世界へのあこがれがふつふつと湧き出てくる。

 私の誕生日は8月15日。「きょうはあんたがなんかしゃべらんとね」。戦争を体験している本当の“語り部”にはなれないが、母の声が天から聞こえてくる。きょうは終戦記念日。あのときを語る人が誰もいなくなってはいけない。戦争が終わってきょうで75年。書棚にズラリと並んだクリスティーの文庫本もずいぶんと色あせてきた。

 誰もいなくなった小さな島。クリスティーは考えもしなかっただろうが、それが地球の未来を匂わすメタファー(隠喩)にならないことを切に願う。そういえば小説の中で“犯人”だったあの登場人物も自分なりの勝手で危険な正義を掲げていた。だから…。おっとこの話はここまでにしておいた方がよさそうだ。

 ◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には一昨年まで8年連続で出場。フルマラソンの自己ベストは2013年東京マラソンの4時間16分。昨年の北九州マラソンは4時間47分で完走。

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