陸上・山県 不完全燃焼東京五輪の裏に“9秒95の反動”、100メートル日本新出した直後に「不調の波」
2021年10月19日 05:30
陸上
男子100メートルの日本記録保持者は「日本新を出した6月6日の布勢(※1)の直後ですね。実はそのあたりから、不調の波が来ていた」と明かした。絶頂から一転、もがき苦しんでいたのだ。
「布勢から日本選手権までの3週間は、最初の1週間が筋トレ、次の1週間が走り込み、最後の1週間が調整というスケジュールだった。ところが、最初の筋トレで、布勢の疲れが抜け切らないのに追い込んでしまった。ある日、朝起きたら“痛い”となって。首を痛めてしまった」
人知れずケガをしていた。歯車が狂った。
「痛みで腕が振れなかった。走り込む時期に、本来の負荷をかけられなかった。案の定、日本選手権は脚が回らなくて、3位でギリギリ五輪代表になった。その時点で、首を痛めて走れなかった影響で、筋力もスピードも体重もベースよりもかなり落ちてしまった」
不調は数値に表れていた。
「筋トレでクリーン(※2)という種目がある。自分の中で120キロが基準。その重さを挙げると、パワー申し分なしの状態で、調整をすれば、100メートルがめっちゃ速くなる。布勢の前はきれいに挙げられたが、日本選手権前も五輪前も、きれいに挙がらなかった。体の状態は、日本新を出した布勢を100%とすると、日本選手権は60%。五輪の100メートルは、70%ぐらいだった」
焦る気持ちをよそにコンディションは戻り切らず、過去2度の五輪で自己記録を出した“ミスター大舞台”が、東京五輪で初めて予選落ちを経験した。
金メダルを掲げた男子400メートルリレーにも影響した。東京五輪決勝。2走山県はテークオーバーゾーンの始まりから1走側へ「29足長」の地点に、スタートを切る目印を張って、1走多田を待った。しかし、2人の間でバトンがつながらず、途中棄権の悪夢を見た。
「29足長は山梨合宿でも、レース前の練習でも成功した距離。でも、結果的に(距離が遠く)渡らなかった。合宿の時に、多田と僕の状態がどれだけ本番に近かったかは分からない。僕は調子を上げることに必死で、余裕がなかった。バトン合わせの日に、コンディションが合わず、バトンの精度が落ちたことがあった。(本番で状態が変わることを想定して)基準を29足長にするのか、28・5足長にするのか、山梨でもっと正確な数値を見定めていれば、結果が変わったかもしれない」
銀メダルを獲得した16年リオデジャネイロ五輪も、日本選手権後に山梨合宿を張った。今回と似たスケジュールだった。しかし、前回と違って、山県は本来のデキからほど遠かった。本番に近い練習ができなかったことが、ミスにつながった可能性がある。
今ならどうするか。
「普段なら試合2日後に練習を再開するが、布勢で日本新を出した後は、練習再開が4日後だった。体重も71キロまで減っていた。筋肥大のトレーニングで73・5キロに戻そうとして、あそこで負荷をかけすぎた。練習を1週間ずつ区切ったことも、どこまで体を戻すのかの数値設定も問題があったかもしれない」
五輪初出場の12年ロンドンの体重は67キロ。筋トレの効果で5キロ近く増え、タイムも伸びた。東京五輪は、成功の礎となった数値に知らず知らずのうち縛られたことがケガを誘発し、ピークをも狂わせた。日本新9秒95の反動はあまりに大きかったことを物語っていた。(倉世古 洋平)
※1 山県は前の2シーズンの故障の影響で東京五輪参加標準記録10秒05を切れずにいたため、布勢スプリントでピークをつくる必要があった。
※2 地面に置いたバーベルを胸の高さまで持ち上げるトレーニング。全身の筋肉を使う。
≪来夏世界陸上へ「パワーつけたい」≫山県は来年6月に、アスリートにとって節目の30歳を迎える。引き際について「トレーニングのやり残しがある。それをやり切って、出し切って、それでも勝てなくなったらやめようと思う。あとは、ケガ。付き合っていくタイプのケガが治らなければやめる」とポリシーを語った。この2年、右ひざの痛み(膝蓋腱炎)に苦しむ。今オフに「根治」に取り組むとともに、来年7月の世界選手権(米国)での活躍へ、「世界のトップスプリンターの水準までパワーをつけたい」と肉体づくりに全精力を傾ける。
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