ヤンキースの世界一呼んだ松井秀喜の大遅刻 09年WS第2戦 大失態の汚名返上する一発
2020年04月22日 07:00
野球
10月29日。ヤ軍は前日の初戦でエース左腕リーから1点しか奪えず完投を許し、本拠で手痛い黒星を喫していた。迎えた第2戦、重たい空気の中でウオーミングアップが始まると異変に気付いた。松井の姿がなかった。
ポストシーズンは報道陣のロッカーへの立ち入りが試合後に限られる。まずケガが疑われた。左膝に不安を抱えていた。膝の水を何度か抜くなど、やりくりしていた。その膝の手入れに時間が必要なことも影響した。高速道路が一部閉鎖され大渋滞に巻き込まれ遅刻。グラウンドに姿を現したのは、全体練習開始から30分以上たった午後5時すぎだった。フリー打撃の順番には、ぎりぎりで間に合った。
打撃もここまで結果を残せていなかった。ポストシーズン10試合で打率.242、1本塁打。チームも、松井自身も追い込まれていた。相手先発はレッドソックス時代から名勝負を繰り広げてきた宿敵ペドロ。1―1で迎えた6回2死走者なしの第3打席。一振りが流れを大きく変え、世界一への伏線となる。内角低めのカーブ。見逃せばボール球だったが、右翼席へ運んだ。この勝ち越しソロで、チームは1勝1敗のタイに戻した。
「今日、勝つと負けるとでは大きな違い。打てたのはもちろん良かったけど、勝てたことが一番良かった」
汚名返上の一打を喜んだ後、遅刻の質問ははぐらかして取材の場を温めた。「渋滞には確かに巻き込まれた。遅刻したつもりはないし、誰も気付いてないのでは?」と笑った。
「どんな試合、どんな場面でも、いつも通りやる。それがいい結果につながると信じている」。遅刻の後も、大舞台でも、窮地でも――。松井の座右の銘である「不動心」が発揮された場面だった。
チャンスに力む、大舞台にのまれる。あるいはミスを帳消しにしようと必死になる。一流のアスリートだってそうだ。松井もキャリアの中でそんな失敗を何度も経験してきたからこそ、あの場面でも冷静に、普段通りの打撃で難敵を捉えた。
ペドロの決め球カーブを仕留めたことも大きかった。再戦した第6戦の決勝2ランは8球粘った末の89マイル(約143キロ)直球。全8球とも直球、ツーシーム、カットボールと速球系だった。ペドロは第2戦後、「投げてはいけない球だった」と振り返り、第6戦では松井には1球もカーブを投げられなかった。
松井の遅刻は、メディアでは「吉兆」とまで表現されたことがある。しかし、それが力をくれることは考えにくい。正しく表現するなら「遅刻しても、いつも通り打つ」がふさわしい。どんな状況にも左右されない不動心に触れ、この原稿の書き出しも改めねばならない。「大舞台に強い」のではない。「大舞台でも強い」のが、松井秀喜だった。
≪信頼ゆえに…ジーターが見せた険しい表情と小粋なジョーク≫主将のジーターは試合前、遅刻した松井がこっそり打撃ケージ裏へ近づいても、険しい表情を崩そうとしなかった。もっとも日頃から接し、練習態度や試合へ臨む準備など認め合う仲でもある。「松井は真のプロフェッショナルだし、大好きなチームメートの一人」と切り出し、「遅刻して打てるんだったら、いつでも構わない。これからは俺も遅刻しようかな」とおどけた。言葉の裏には、松井の不動心へ寄せる信頼が感じられた。
≪契約最終年に大偉業≫ヤンキースを9年ぶりの世界一に導いた松井は試合後、MVPのトロフィーを掲げ「夢みたい。初めてここまで来られて見晴らしは最高ですね」と笑みをこぼした。スタンドから「MVP!」コールが湧き起こる中、1960年の同じヤ軍のリチャードソンに並ぶ1試合6打点のワールドシリーズ記録を達成。在籍7年目で、4年契約の最終年。「僕はニューヨークが好きだし、ヤンキースもチームメートも好きだし、このファンが大好きだから」と残留を熱望したが、再契約はならずエンゼルスに移籍した。
▽松井の遅刻 巨人時代はプロ3年目の95年球宴第2戦(広島)で飛行機に乗り遅れ。球場到着は練習後も3安打1打点でMVPに輝いた。02年球宴第2戦(松山)も飛行機に乗り遅れたが、球宴新記録の5試合連続打点で優秀選手に選ばれた。メジャー移籍後も04年オールスター戦で全体ミーティングに遅刻。アスレチックス時代の11年2月の紅白戦では、開始時間を間違えて打順が3番から4番へ変更された。レイズ時代の12年5月には3Aから昇格も飛行機の遅延で全体練習に参加できなかったが、その日のホワイトソックス戦でメジャー復帰を移籍初アーチで飾った。
≪500軒以上のホテルあたりたどり着いた“極秘練習”≫ ワールドシリーズMVPの余韻に浸る間もなく、4年契約を満了した松井はFAとなった。日米のメディアが去就を追った。
12月になると事態が動き始めた。マンハッタンから松井の姿が消えた。交渉は代理人に任せ、自らは外野手としての復帰へ向け温暖な地でミニキャンプを行う極秘計画だった。
多くの記者が始動が近いことは予感していた。ただ行く先が絞れない。フロリダ州やアリゾナ州、ハワイと予想する声もあった。
わらをもつかむ思いで南カリフォルニアへ飛んだ。ホテルを500軒以上あたり運良くスタッフの宿にたどり着けた。ロビーで記者を見つけた時の、驚いた顔は忘れられない。取材を頼み込むと1日だけの条件で練習を見せてくれた。「まだまだ、ぎごちなさがある」と話したが、気持ちよさそうに芝でダッシュを繰り返した。
ヤ軍ではDH専任で出場機会が減っていた。エンゼルスからは「全試合出て守備も挑戦してほしい」と口説かれた。この練習から1週間後の14日未明、松井はエ軍移籍を決断。「打って、走って、守ってが野球」と再挑戦に燃えていた。翌10年から引退する12年まで、松井は外野手としての出場を取り戻した。
◆後藤 茂樹(ごとう・しげき)東京都出身の42歳。07年入社。ヤンキース、エンゼルス、巨人などを担当。現在は日本野球機構(NPB)、侍ジャパン担当。
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