88、90年東京Dでのタイソン戦を実況 米アナウンサー「尚弥にマイナス要素全くない」
2024年05月04日 05:00
格闘技
東京ドームに集まった日本のファンは非常に礼儀正しく、敬意を払い、ほとんど音を立てなかった。実況の私、解説のシュガー・レイ・レナード、コメンテーターのラリー・マーチャントは6、7ラウンド頃にはその場の雰囲気に合わせ、声のトーンを少しダウンさせた。アメリカの会場でやるように放送席で叫ぶのはやめたんだ。3万人以上の人がまるでクラシック音楽のコンサートを見ているように座っているのに、叫び続けていたら私たちはクレイジーに見えただろうから。ゴルフのマスターズや全米オープンのように、まるでささやくようなトーンで実況、解説を進めていった。
10ラウンド、ダグラスがタイソンを沈め、カウントが5、6、7と進む間、私は実況担当として何を言うべきかと自身に問いかけていた。この歴史的番狂わせを表現するのにはどんなフレーズが適切かと考えたんだ。
その数週間前、私は人気俳優のジャック・ニコルソンとゴルフに行った際、「最も重要なシーンの撮影前、自分に何を言い聞かせるんですか?」と尋ねていた。するとニコルソンは「20年前、ハリウッドの俳優養成学校にいたときから同じ。“過剰反応するな”だ」と答えた。だから私もタイソンがキャンパスに横たわり、カウントが進む間、「過剰反応すべきではない」と自身に言い聞かせていた。レフェリーが試合を止めた瞬間、それまでと変わらないトーンで「マイク・タイソンがノックアウトされた」と静かに言ったんだ。可能な限り控えめにしたつもりだ。その後、普段は簡単には人を褒めないラリー・マーチャントから、「東京でタイソンが倒されたときのあなたの実況はスポーツ放送史上最高のものだったよ」と称賛されたよ。
あのKOが起こった時、東京ドームはコンサートがクライマックスに差し掛かったときのような雰囲気だった。巨大な歓声ではなかった。タイソンが倒されたにもかかわらず、ヒステリックな反応ではなかった。ほとんど日本人で埋め尽くされたスタジアムのファンたちは、私の実況と同じように控えめに反応したんだ。もしも米国で起こっていたら、その場の空気、雰囲気はまったく違ったものになっていたのかもしれない。ただ、誰も想像ができないような番狂わせが起こったわけだから、ほとんど絶句してしまうのは自然なリアクションだったのだろう。
私は井上尚弥のカリフォルニアでの試合も実況担当した。1980、90年代にはまだパウンド・フォー・パウンド(PFP)という概念はそれほど一般的ではなかったが、それが年を追うごとに人気の基準になっていった。最近では井上がPFPのトップ3の1人であるという認識になり、今では彼がNo.1かどうかが注目の話題の1つになった。ここまでの彼は最高級のパフォーマンスでファンを魅了してきた。技術に優れ、フィジカルの強さに恵まれ、パンチングパワーも備えている。本当にとてつもないボクサーだと思う。
もちろんどんなすごいボクサーでも負けることはある。ボクシングに確実なものはない。絶対的なものがあると言う人には、「タイソン対ダグラスはどうなのか」と言ってやりたくなる。なんでも起こり得るのがボクシングの魅力でもある。ただ、34年ぶりの東京ドームで歴史が繰り返し、井上が負けることはあるのか?
井上の私生活やトレーニングのことを私は何も知らない。そういったことがリング上のパフォーマンスに影響するものだ。ここまでの井上を見る限り、マイナスになり得る要因のようなものはまったく見られない。井上の勝利を疑うのは実際に番狂わせが起こるのを見るまで難しいというのが正直なところだ。(聞き手・杉浦大介通信員)
▽1988年3月21日 日本初の屋根付き球場、東京ドームのオープニングセレモニーから4日後、21歳の世界ヘビー級王者タイソンは元WBA王者のトニー・タッブス(米国)と対戦。2回に左フックで衝撃のKO勝利を挙げた。わずか354秒での圧勝劇だった。
▽1990年2月11日 デビュー37連勝中の王者タイソンはWBA4位、WBC3位のジェームズ・ダグラス(米国)と対戦。8回に右アッパーでダウンを奪ったが、10回に逆に右アッパーから連打を浴びてダウンし、10カウントを聞いた。タイソン陣営の「8回(のダウン)はカウントが長すぎる」との抗議で一度は結果保留となったが、その後、ダグラスの王者が認定された。“世紀の番狂わせ”と呼ばれた。
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