世界をリードする日本の緻密な内視鏡治療 日本では日常診療、粘膜下層を剥がし腫瘍切除するESD

2023年06月26日 03:30

社会

世界をリードする日本の緻密な内視鏡治療 日本では日常診療、粘膜下層を剥がし腫瘍切除するESD
大きなサイズの早期がんもESDによる内視鏡治療で完全に切除できます。左から、治療前の早期がん、ESDで削り取っている最中、取り終わった後(点線部が取り去った痕)になります Photo By スポニチ
 がん治療の最前線、米国で働く日本人医師が現場から最新の情報を届ける「USA発 日本人スーパードクター これが最新がん治療」。テキサス州ヒューストンにある米がん研究最大の拠点「MDアンダーソンがんセンター」で治療に取り組む小西毅医師による第5回は、世界をリードする日本の内視鏡治療についてです。
 ある日、MDアンダーソンがんセンターの私の外来に、直腸がんと診断された若い白人女性が、セカンドオピニオンで紹介されてきました。前の病院では「大きな直腸のがんだから放射線治療と直腸を取る手術が必要で、人工肛門になるかもしれない」と言われたようです。確かに直腸に3センチ以上の大きな腫瘍がありますが、大腸内視鏡で精密に観察すると、日本の基準では早期のがんにしか見えません。

 「大きいですが早期のがんです。いきなり放射線治療や直腸を切り取る手術ではなく、まず大腸カメラで腫瘍を取ってみましょう」。そこで私は、日本の内視鏡医のもとでトレーニングを受けた同僚の消化器内科医へ依頼し、ESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)という方法で腫瘍を取ってもらいました。病理検査の結果、やはり早期がんで、追加の手術は必要ないことが分かり、この患者さんは余計な手術を受けることなくがんを治すことができました。

 ≪日本が世界に誇る内視鏡治療「ESD」≫
 米国で外科医をはじめて、日本に比べて最も遅れていると感じた一つが、早期がんの内視鏡治療です。小さな大腸ポリープは内視鏡で粘膜をつまんで切除し、簡単に治療できます。しかし、大きなポリープや早期がんは、このやり方ではうまく治療できません。そこで日本では1990年代に、粘膜より一枚深い粘膜下層を慎重にはがして、大きな腫瘍を切除するESDという方法が考案されました。大腸の壁は数ミリの薄さですから、少し間違えれば穴が開いてしまいます。ごく薄い粘膜下層を正確にはがしていく技術がどれほど緻密なものか、想像がつくと思います。

 日本では今や、全国の消化器内視鏡医がESDを習得しており、専門施設以外の一般病院やクリニックでもESDは日常診療です。しかし、米国ではESDを行う医師はごくわずかしかおらず、非常に特殊な治療とされています。MDアンダーソンのような全米最大のがんセンターでも、一人しかできる医師がいないのが現状です。米国のがん治療は一般的に非常に進んでいますが、内視鏡治療に関しては日本がずっと先を行っているのです。

 ≪消化器内視鏡は日本が生み出した≫
 日本は早期がんの内視鏡治療だけでなく、診断でも世界をリードしています。早期の消化器がんは内視鏡治療で治りますが、進行すると手術や抗がん剤が必要なので、ベストな治療を行うためには正確な診断が重要です。これに最も大事なのが内視鏡です。日本には胃カメラを世界で初めて開発した長い歴史があり、世界で最も内視鏡の開発が進んでいます。オリンパスや富士フイルムなど大手メーカーの内視鏡は、米国をはじめ世界で使用されています。驚いたことに、MDアンダーソンほどの最先端のがんセンターでも、日本よりも2世代ほど古いモデルの内視鏡を使用しています。それほど日本は世界に比べて大きく進んでいるのです。

 ≪世界一精密な日本の「職人的」内視鏡診断≫
 日本は機材が新しいだけでなく、医師の技術も非常に高いです。色素を散布するなど手間と時間を惜しまない職人的なやり方で、正確に診断します。内視鏡を専門とする消化器内科医はもちろんのこと、外科医でも初期トレーニングの一環として基本的な内視鏡診断を習得します。現在、世界で使用されている早期がんの診断基準は「工藤分類」「佐野分類」など日本人が考案した分類が広く使われています。

 一方、米国では内視鏡を専門とする医師の数がずっと少なく、外科医の多くがその役割を担っています。しっかりとした教育を受けた医師は少なく、大きければ進行がん、小さければ早期がん、といった大ざっぱで間違った診断をしてしまいがちです。日本人の緻密な性格が内視鏡診断には向いているのだと思います。

 ≪米国で進む人材輸入とAI内視鏡≫
 日本の高い内視鏡技術は米国でも注目されており、ニューヨーク最大のがんセンターでは近年、日本人の内視鏡医を雇ってESDを開始しました。このような日本の内視鏡技術・人材の輸入は、今後も進むものと思います。また米国では、ベンチャー企業を中心にAIによる画像識別プログラムを組み込んで診断精度を上げる新しい内視鏡がたくさん開発されています。すでに一部は市販され、MDアンダーソンでもこのタイプの内視鏡が導入されました。まだまだ課題も多い印象ですが、今後どんどん開発が進むと思われます。

 次回は米国で普及が進むリモート医療についてリポートします。

 ◇小西 毅(こにし・つよし)1997年、東大医学部卒。東大学腫瘍外科、がん研有明病院大腸外科を経て、2020年から米ヒューストンのMDアンダーソンがんセンターに勤務し、大腸がん手術の世界的第一人者として活躍。大腸がんの腹腔鏡(ふくくうきょう)・ロボット手術が専門で、特に高難度な直腸がん手術、骨盤郭清手術で世界的評価が高い。19、22年に米国大腸外科学会Barton Hoexter MD Award受賞。ほか学会受賞歴多数。

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