日本の先を行く米国の「腫瘍内科医」事情 複雑化する抗がん剤のスペシャリスト1万9000人以上

2024年02月19日 05:00

社会

日本の先を行く米国の「腫瘍内科医」事情 複雑化する抗がん剤のスペシャリスト1万9000人以上
米国トップの腫瘍内科医Kopetz先生(下から2人目)らと症例検討を行い、がん患者の治療方針を決めているところです Photo By 提供写真
 がん治療の最前線、米国で働く日本人医師が現場から最新の情報を届ける「USA発 日本人スーパードクター これが最新がん治療」。テキサス州ヒューストンにある米がん研究最大の拠点「MDアンダーソンがんセンター」で治療に取り組む小西毅医師による第19回は、抗がん剤治療で重要な役割を果たす「腫瘍内科医」についてです。
 【日々進歩する抗がん剤治療】
 がんの治療で重要な役割を果たす「抗がん剤」。皆さんはどのようなイメージをお持ちでしょうか?「抗がん剤は死ぬまでの時間が少し延びるだけ、ただの延命治療ではないか」「副作用で苦しむ時間が増えるだけではないか」「仕事が続けられず、高額な治療費が払えないのでは」。抗がん剤が必要と言われた患者さんからは、さまざまな不安の声が聞かれます。昔の映画で、白血病の主人公が抗がん剤の副作用で髪の毛が抜け、吐いて苦しみ抜いて死んでしまう。そんなイメージが抗がん剤にまとい付いているようです。

 しかし、現代医療で抗がん剤は日進月歩です。がんの種類ごとにさまざまな新しい薬物が開発されています。たとえば大腸がんでは、昔は平均6~8カ月程度であったステージ4進行がんの余命が、抗がん剤によって現在、平均で2年半~3年近くに延びました。よく効いた患者さんに手術や放射線治療を組み合わせることで、5年以上の長期生存も珍しくありません。

 大腸がんに限らず、多くの抗がん剤治療は原則、外来通院で行えます。仕事を続けながら抗がん剤治療をする患者さんも多くいます。副作用は抗がん剤の種類や患者さんの体質によって異なるため、専門の医師に量やタイミングを細かく調整してもらうことが重要です。多くの場合、日常生活は保たれ、副作用のせいで何もできなくなってしまうというイメージは間違いです。日本では最先端の抗がん剤の多くが国民健康保険でカバーされ、高額医療制度も活用できます。貧富を問わず全国民が、安い負担で最先端の抗がん剤を受けられる、世界的にも珍しい国なのです。

 【副作用への対応も細やかに】
 抗がん剤治療を行う上で、米国で欠かせないのが腫瘍内科医です。腫瘍内科医とは、がんの薬物治療の専門医です。修練過程で消化器がん、呼吸器がん、血液腫瘍などありとあらゆるがんの薬物治療を研修し、幅広い抗がん剤の知識と技術を持っています。2023年時点で、米国で登録されている腫瘍内科医は1万9000人以上で、日本の1600人に比べると10倍以上います。

 日本で胃腸科や整形外科の診療所を町中で一般的に見かけるのと同じように、米国ではどの町にも腫瘍内科医のクリニックがあります。患者さんは遠くの専門病院へ出かけることなく、地元で気軽に抗がん剤治療を受けられます。長期にわたる抗がん剤の通院の負担が減るだけでなく、副作用が起こった場合の対応もよりきめ細かく地元で行えます。

 一方、がんセンターや大学病院などの大きな専門施設の腫瘍内科医は、町中のクリニックのようながん全般ではなく、消化器がん、乳がん、血液がんなど細分化された専門領域に特化します。たとえば私の勤めるMDアンダーソンでは、大腸がんの患者さんは大腸がん専門の腫瘍内科医を受診し、そこで最新の抗がん剤の種類や投与量を決定してもらいます。そこから連携して、実際の治療は地元のクリニックの腫瘍内科医が行うのです。

 さらに専門施設の腫瘍内科医の重要な仕事として、臨床試験で新しい抗がん剤治療の効果や安全性を検証、開発し、がん治療の未来を切り開く役割があります。MDアンダーソンには米国でもトップクラスの腫瘍内科医が多く在籍し、数えきれないほど多くの臨床試験を行い、世界の抗がん剤開発をリードしています。

 【日本 がん治療発展へ育成課題】
 日本では腫瘍内科医の数が米国の10分の1に満たず、圧倒的に足りません。がん専門病院では腫瘍内科医が抗がん剤治療を行うことが多いですが、一般病院、多くの大学病院では、外科医や消化器内科医が抗がん剤を担当しています。日本で腫瘍内科医の育成が進まない原因の一つとして、「腫瘍内科」の講座を持つ大学の医学部が非常に少なく、若い医学生や研修医がこの分野を志す機会が限られてしまっていることが挙げられます。米国ではがん治療や開発の中心にいてエリートの位置づけである腫瘍内科医が、日本ではマイナーな分野なのは残念です。学会の専門医制度も確立しておらず、「腫瘍内科専門医」は日本専門医機構から正式に承認されていません。日本臨床腫瘍学会が「がん薬物療法専門医」という学会独自の専門医制度を設けており、多くの腫瘍内科医はこれを取得しています。

 抗がん剤は日々進歩し、複雑化しています。外科医の私が経験として感じるのは、現代の抗がん剤はもはや、外科医が手術の片手間にできる治療ではありません。「餅は餅屋」という言葉があります。外科医が手術が上手なのと同じように、抗がん剤治療は外科医よりも腫瘍内科医がずっと上手にきめ細かく行います。抗がん剤のエキスパートである腫瘍内科医をいかに育成し増やしていくか。これからの日本のがん治療の発展に、大きな課題であると考えます。


 ◇小西 毅(こにし・つよし)1997年、東大医学部卒。東大腫瘍外科、がん研有明病院大腸外科を経て、2020年から米ヒューストンのMDアンダーソンがんセンターに勤務し、大腸がん手術の世界的第一人者として活躍。大腸がんの腹腔鏡(ふくくうきょう)・ロボット手術が専門で、特に高難度な直腸がん手術、骨盤郭清手術で世界的評価が高い。19、22年に米国大腸外科学会Barton Hoexter MD Award受賞。ほか学会受賞歴多数。

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