米国で標準的 がん手術せず治す放射線治療 ますます負担なく…欧州では“腫瘍だけ”に当てる治療法も

2024年04月08日 05:00

社会

米国で標準的 がん手術せず治す放射線治療 ますます負担なく…欧州では“腫瘍だけ”に当てる治療法も
写真中央は米国の腫瘍放射線科医の伝説的大御所、ブルース・ミンスキー医師です Photo By 提供写真
 がん治療の最前線、米国で働く日本人医師が現場から最新の情報を届ける「USA発 日本人スーパードクター これが最新がん治療」。テキサス州ヒューストンにある米がん研究最大の拠点「MDアンダーソンがんセンター」で治療に取り組む小西毅医師による第21回は、腫瘍放射線科が広く活躍する米国の大腸がん放射線治療についてです。
 ≪日本では歴史的背景に負のイメージ 放射線は怖い治療?≫
 がんの治療において手術、抗がん剤と並んで重要な役割を果たすのが放射線治療です。放射線は増殖の速い細胞ほど高い効果があり、正常細胞より増殖スピードの速いがん細胞を死滅させるには非常に有効です。しかし「放射線」と聞くと、日本は原爆や東日本大震災の原発事故などの歴史的経験もあり、「被ばくが怖い」「目に見えない副作用が将来残る」という負のイメージを持つ方も多いでしょう。

 患者さんに限らず、外科医も放射線治療にアレルギーのような抵抗を感じる人は少なくありません。私が医師になりたての25年ほど前は、放射線治療による腸閉塞や手術後の感染など、副作用で苦しむ患者さんを見る機会がしばしばありました。そのトラウマから「放射線は危険な治療」という印象が持たれてしまいがちです。

 しかし、この20年間で放射線治療の技術は飛躍的に向上しました。ガンマナイフ、リニアック、サイバーナイフなど、放射線照射装置の定位放射線照射の技術革新により、小さな病巣だけにピンポイントで強力な放射線を当てることが可能になりました。直腸がんや前立腺がんなど、骨盤の比較的広い範囲に放射線照射が必要な場合、コンピューターを用いて照射量の分布を3次元的にデザインするIMRT、IGRTといった技術が一般的となり、必要な場所だけ照射して、正常組織への影響を最小限にとどめることができます。さらに小線源治療など組織内照射の技術、陽子線や重粒子線といった新しい放射線も開発されました。

 放射線治療は原則として、通院での治療が可能な負担の少ない治療です。欧米では胃がん、直腸がんをはじめさまざまながんで、手術前に放射線治療を組み合わせることが標準治療として推奨されています。一方、日本のガイドラインでは、胃がんや大腸がんに対する手術前の放射線治療は推奨されていません。欧米に比べると放射線治療の頻度はずっと少ないのが現状です。

 ≪不足顕著米国の4分の1日本に1400人 がん放射線治療専門科「腫瘍放射線科」≫
 がんの放射線治療を行う上で重要なのが、専門医である腫瘍放射線科です。米国では2023年の時点で5800人以上の腫瘍放射線科医が働いています。私が勤めるMDアンダーソンがんセンターでは、消化管、乳腺、婦人科、肺など、臓器ごとに専門の腫瘍放射線科医が合計80人以上在籍します。大腸がんを担う消化管専門の医師だけでも12人います。

 一方、日本は腫瘍放射線科医の不足が顕著です。日本放射線腫瘍学会に登録された専門医の数は1400人程度、米国の4分の1です。私が渡米前に在籍していたがん研有明病院は、日本最大のがん専門病院の一つですが、腫瘍放射線科医のスタッフは合計10人程度でした。日本では大きな施設でも1、2人の腫瘍放射線医が全ての臓器の放射線治療を担当していることが多く、一人もいない病院も少なくありません。放射線治療が十分な体制で行える施設は限られてしまっているのが現状です。

 ≪人数増加と臓器専門性育成が重要 「腫瘍放射線科医」の腕の良しあし≫
 医師の数と専門性は、技術の向上にも重要です。放射線治療は、患者さんごとに腫瘍の位置、必要な放射線量などを緻密に設定し、治療します。狙った腫瘍に正確に放射線を照射し、正常な組織は上手によけて温存します。これは、外科手術が狙った腫瘍を切除して必要な臓器を温存するのと非常に似ていて、どちらも「局所の治療」なのです。

 外科医に腕の良しあしがあるのと同様、腫瘍放射線科医にも腕の良しあしがあり、臓器専門の医師の方が、より豊富な経験と専門性の高い技術を持ちます。実際、MDアンダーソンで臓器専門の腫瘍放射線科医が治療した患者さんに比べると、ほかの一般病院で治療された患者さんは腫瘍への効きが悪かったり、副作用が必要以上に出てしまうケースがあります。腫瘍放射線科医の数を増やして臓器専門性を育成することは、日本のがん医療のレベルアップのためにも重要と考えます。

 ≪「Watch&Wait」で完全消滅 直腸がんでも手術が回避できる時代≫
 私が専門とする直腸がんでは、放射線治療でがんを完全に消滅させ、手術せずに治す「Watch & Wait」という治療法が米国では標準的になっています。詳しくは以前の原稿で述べましたが、直腸がんの5割近くが手術なしで治療できる時代です。欧州ではさらに、直腸がんにダイレクトに放射線源を接触させ、周囲への影響を最小に抑えつつ、腫瘍だけに高度な放射線を当てる接触放射線治療という新しい技術が開発されています。

 従来の体外から放射線を当てる方法に比べ、はるかに高率にがんを消滅できて、手術を回避できることが臨床研究で示されています。放射線治療の技術革新に伴い、ますます体の負担が少ない直腸がん治療が開発されることが予想されます。

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