樹木希林さんの死に接して思う人間の価値観 よみがえるあるスポーツ選手の人生 最期はどうあるべきか
2018年09月19日 09:30
芸能
しかしこのシーズンの後半に調子を落とす。そしてレギュラーシーズン終了後、3年前に「メラノーマ(悪性黒色腫)」と診断されていたことを明らかにした。すでに遠隔転移が確認され、主治医は両脚を切断することを勧めていたと言う。
しかしロスは拒否。彼は「安らかな死は望まない。家族と友人に看取ってもらえればそれでいい」としてプレーを続行した。
1977年1月、ロスは全米大学フットボールのオールスター戦「ジャパンボウル」に出場するために来日。サイン会は当初30分の予定だったが、彼は列に並んだ子供たちがいなくなるまでペンを握り続けた。そのあと力尽きて人のいない場所で嘔吐。その命掛けの行為は周囲にいたスタッフの目に鮮烈な姿を焼き付けた。
試合を終えてから3週間後。ロスは学生生活を過ごしたカリフォルニア州バークリーのアパートで息を引き取った。享年21。直前に病院からアパートの3階にロスを担架で運んだのはチームメートで、そしてそこに家族もいた。つまり終活は本人が望む“シナリオ”で幕を閉じた。
「死ぬのはつらいことじゃない。ここ3年、自分は“明日が最後かもしれない”とずっと思っていたし、ここまで生きることができて幸せだ。悔いはない」。地元紙には本人のこんなラスト・メッセージが掲載されたが、年が3つしか違わない私がもし同じ状況にいたとしたら、とうていそんな言葉は紡げない。彼の死を報じた当時の新聞記事は衝撃的だった。
ヘザー・ファーは身長が1メートル55という小柄なゴルファーだった。米女子プロゴルフ・ツアー(LPGA)にデビューしたのは1986年。その年、私はLPGAのツアーを取材していたが、小柄ながら活気があっていつも笑顔でホールアウトしてくる彼女の姿は印象的だった。
しかし1989年7月、24歳で乳がんだと診断される。ここから壮絶な闘病生活がスタート。頭部や脊椎などにも転移したために15回以上にも及ぶ手術を受けた。
本人は治療を受けながらもツアーへの復帰をあきらめなかった。「これも競技の一部。プレーするなら乗り越えないと…」。手術に何度も耐えるその姿はUSAトゥデー紙の一面で紹介され、全米で彼女を支援する声が相次いだ。
しかし1993年11月20日に力尽きた。享年28。米AP通信が打電してきたスポーツ選手の訃報の中で、私が涙したのは現在に至るまでこの一件だけ。なぜこれほどまでにスポーツをやりたい人間に過酷な運命を負わせるのか?文面を見ながら心は乱れた。
樹木さんは映画という財産を遺した。観客は映像で表現される役柄だけでなく、長期にわたって冷静にがんと向き合った彼女の生きざまも感じることだろう。
ロスの背番号12はカリフォルニア大で永久欠番になった。ジャパンボウルではその後、最優秀選手に贈られる賞を「ジョー・ロス・メモリアル・アワード」と呼ぶようになった。ファーの死後、乳がん撲滅への機運が米国内で高まり彼女の名がついた基金も設立された。
終活へのアプローチは人それぞれ。私には“正解”がいまだにわからない。ただ、自分の信念を貫いた人間には何かが遺っている。それだけは確かだ。
香港で発行されている日刊英字新聞「サウス・チャイナ・モーニング・ポスト紙」の記事(電子版)をのぞいてみた。2017年の特集記事。樹木さんへの形容詞は「Self―Effacing(自分を消せる)」で、年齢以上の老け役を見事に演じてきた女優として高く評価されていた。昭和の人気ドラマ「寺内貫太郎一家」で“ジュリー〜”と叫んでいた樹木さんの姿は知らないだろうが、彼女の女優としての本質は見極めていた。
すべての人間は「死」というゴールに向かって突き進んでいる。それを言葉にせず、日々一生懸命に生きること、生きてみようとすることが人生だ。樹木さんのように「自分を消せる」能力はないが、自分が知らない自分がもしかしたらどこかにいないかと思いながら、彼女の作品を観てみようと思う。もしかしたら球種の違う“ボール”をまた投げつけられるのかもしれないが…。
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には7年連続で出場。今年の東京マラソンは4時間39分で完走。
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