マラソン界を席巻する「厚底ブーム」 新記録続々も賛否「勝手に足が前に」「故障リスクも」
2018年11月07日 10:00
マラソン
日本では今年2月、東京マラソンで設楽悠太(26=ホンダ)が16年ぶりの日本記録更新となる2時間6分11秒をマーク。その約8カ月後には大迫がさらに21秒更新する2時間5分50秒を叩き出した。どちらの記録もナイキのシューズが使用されていた。もちろん、記録は選手の実力によるものだが、シューズ性能が記録を後押しした側面は見逃せない。
厚底の仕組みをナイキはこう説明する。
「超軽量で柔らかく、最大85%の反発を実現するナイキズームXフォームと、硬さを加えることで推進力を感じさせるフルレングスの曲線的なカーボンファイバープレートを活用している」
開発は、マラソン世界記録保持者キプチョゲらの要望に応える形で13年にスタート。16年に試作品が完成し、17年7月に一般に発売された。クッションが反発力を生むというより、靴底にあるカーボンプレートが反発力の発生源。さらに、厚底にもかかわらず軽量でソールの反発力も高く、長距離を走った後の疲労も軽減されるという。かかとの部分の厚さは33ミリ。他社製では10ミリのシューズもあり、20ミリ以上も「厚底」ということになる。
実際に着用した社会人や大学生選手からは「履くだけで前のめりになる」とか「勝手に足が前に出る」など22世紀の秘密道具のような感想が飛び出す。一方で「選手の走り方によっては故障するリスクもある。慣れるまでは大変」との声もある。設楽は最初に厚底シューズを見たときに「本当にこれで走れるの?」と疑問だったというが、今では「なくてはならないシューズ」と話すまでになった。
現在ナイキが契約をしている主なエリート選手は大迫、設楽をはじめ、キプチョゲ、ファラー、リオ五輪マラソン銅メダルのラップ(米国)らそうそうたるメンバーだ。今年の東京マラソンやボストンマラソンなど国内外の主要6レースで、男女合わせて36のメダルのうち、厚底シューズを履いた選手が20個を獲得しているというデータもある。
日本陸連の競技規則では走り高跳び、走り幅跳び以外の靴底については「どのような厚さでも差し支えない」(第143条5項)としている。ただ「靴の内側、外側を問わず、靴底の規定の厚さを増すような効果があったり、前項(第143条5項)で述べたタイプの靴からは得られない利益を与えたりするような仕掛けをしてはならない」(第143条6項)という規定もある。
「使用者に不正な利益を与えるような、いかなる技術的結合も含めて、競技者に不正な付加的助力を与えるものであってはならない」という一文があるが、野球の公式球のように具体的な反発係数などが設定されていないため、現在のところ使用には何ら問題はなく、公式記録としても認められている。シューズが競技規則や陸上競技の精神に反しているとの証拠が国際陸連(IAAF)に提出されたら、検査対象となるが、現時点でその動きはない。
ただし、アマチュアスポーツ界では過去に競泳の水着「レーザー・レーサー」から始まった高速水着時代が記憶に新しい。北京五輪ではほとんどの選手が着用し、世界記録を次々と塗り替えた。必ずしも高速水着が全ての選手にプラスとなったわけではなかったが、10年に禁止されるまで競泳界に衝撃を与えたのは事実だ。陸上界でも規制対象の議論に上る可能性はある。
「履くか履かないか」
20年の大舞台に向け、エリート選手が究極の選択を迫られる日も近いかもしれない。
▽レーザー・レーサー騒動 08年シーズンに英スピード社が発表した競泳水着。締め付ける力が高く、撥水(はっすい)性にも優れ高速化を実現。トップ選手がこぞって採用し、08年北京五輪では23個の世界記録が誕生した。09年、国際水連(FINA)によってラバー素材が禁止されたことに加え、体を覆う面積についても規定が設けられたことで事実上、使用不可に。10年の世界選手権では世界記録更新は0だった。
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