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泣き笑いの5年半…やり投げ・北口榛花のチェコ物語「その時の自分がよく頑張った」

2024年07月12日 05:30

陸上

泣き笑いの5年半…やり投げ・北口榛花のチェコ物語「その時の自分がよく頑張った」
 拠点とするチェコ西部ドマジュリツェの中心地で撮影に応じる北口榛花=1月(共同) Photo By 共同
 陸上女子やり投げで昨年世界選手権優勝の北口榛花(26=JAL)は、日本女子フィールド種目初の金メダル獲得に期待がかかる。19年2月から練習拠点を移した王国チェコのダビド・セケラク・コーチ(49)の指導で飛躍を遂げてきた。同国の地方都市ドマジュリツェでの5年半の苦労や充実した生活を、本人やコーチの言葉で振り返る。 (取材・構成 大和 弘明、井上拓郎通信員)
 「ああ、マジか…」。19年2月。新天地に到着したばかりの北口を乗せた自動車内は、ただならぬ空気が充満していた。地元の飛行場でセケラク・コーチとその息子と合流したが、軽い英語での意思疎通ができない。「突然2人で英語で何をどう言うかを(チェコ語で)ディスカッションを始めて…。しゃべれると思っていた英語をしゃべれないことを知って、衝撃的な車の中を過ごしました」と苦笑いで振り返る。

 全ての始まりは18年11月にフィンランドで行われた講習会。日大時代にコーチ不在が続いた北口は、欧州の技術を取り入れようと単身で参加した。最後の懇親会でセケラク・コーチから「君、知ってるよ」と声をかけられ、他のコーチたちと「私の試合の動画を見ながら分析会が始まった」と北口。セケラク・コーチから「東京五輪を目指しているんじゃないの?」「海外ではどんな強い選手であろうとコーチがいるよ」と言われた。

 北口はその場で「頼んだら見てくれますか?」と指導者たちに直談判。帰国後、連絡先を聞いた、あるコーチにメールを送ると、紹介してくれたのがセケラク氏だった。その後、インスタグラムを通じてメッセージを送り指導を受けることが決まった。

 新拠点のドマジュリツェは首都プラハから南西に位置し、ドイツ国境沿いにある小さな町。到着してすぐのハプニングに「これから大変だな」と悟った。到着翌日にはコーチやチームメートとカフェに集合。コーヒーを飲みながら親睦を深めて打ち解けることはできたが、苦労が続いた。

 当初の練習はスマートフォンの翻訳アプリで日本語をチェコ語に訳しながら意思疎通。スーパーでは量り売りのシステムが分からず「よくレジの人に怒られてました」。英語表示のメニューがあると聞いたはずのレストランには、ドイツ語しかなく「何を言っているか何も分からなかった」。そんな大変な状況からのスタートだった。

 やり投げの世界記録は、男女ともチェコが保持している。その強国でジュニアを中心に指導するセケラク・コーチは「チェコのやり方はゆっくり少しずつやること」と言う。北口も「日本は急ぎ足だったり、段階をすぐ飛ばして、凄く上をすぐ目指しちゃう」と語り「(コーチは)たまにしつこいなって思う時はあるけど、それでも、やっぱり根気強く教えてくれる」と笑う。

 一回の練習時間が長い傾向の日本とは対照的に、チェコでは長くても2時間半ほどで、2部練習も入る。質の高い短時間の練習を数多く消化する。冬季トレーニング期間は日曜のみが完全オフで、週10回ほどの練習が基本だ。「一回一回の練習は日本より少ないけど積み重ねる量が違う。日本人からすると凄くビックリでした」と振り返る。

 チェコではウエートトレーニングによる筋力強化だけでなく、助走スピードのアップが一番の進化だった。「やっぱり走りが速くなって確実に成長している」。そのスピードを投てきにどう効果的に伝えていくか。毎年、実戦期間になるとセケラク・コーチと衝突もしながら、その時の最適解の技術を探してきた。その作業は今も続く。

 21年東京五輪は左脇腹痛に苦しみ12位。母国での躍進はならず、涙に暮れた。それでも昨夏は4番手から最終6投目の大逆転で初の世界女王になり、道のりが正しいと証明できた。緊張しながら集合した、あのカフェは今では練習前に必ず通う行きつけだ。チェコ語は堪能になり、生活するペンションの一室も、お気に入りの家具を配置しアレンジ。地元・北海道に似た自然豊かな環境が好きになった。

 小さな町で泣き笑いを繰り返し、紡いできた北口のチェコ物語。「(拠点を替える)積極的な行動を今の自分でも取れるか分からない。その時の自分がよく頑張ったなと思う」。積み重ねた5年半の時間は、確実に血肉となっている。

 ◇北口 榛花(きたぐち・はるか)1998年(平10)3月16日生まれ、北海道旭川市出身の26歳。旭川東高―日大卒。20年にJAL入社。高1でやり投げを始める。21年東京五輪12位。世界選手権は22年銅、23年金。自己ベストは23年9月に出した現日本記録の67メートル38。1メートル79、86キロ。

《管理栄養士が和食でサポート》
 北口の胃袋を支えるのが、管理栄養士の浜田綾子さんだ。アスリートの栄養サポートを行う会社「AND―U」に所属。食生活を見直す北口の担当として今年1月からチェコに同行。和食中心の食事を提供している。遠征の際は北口が送る食事の写真に対しメールでコメント。栄養が偏らないよう助言するが、浜田さんは「今はコメントしなくてもいいくらい奇麗に食べている」と話す。

 浜田さんは糖質、タンパク質の量を増やした食事を意識。「コールラビ」というカブに似た野菜をゆでておかずにするなど現地食材も活用。脂質の摂取量が多い外食で腹を壊していた北口がストレスなく練習に打ち込めている。浜田さんはパリに向け「心臓が飛び出そうなくらいドキドキ」との本音を隠し、サポートしている。

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