大腸がん手術の翌日に退院! 米国で進む術後の超早期回復管理
2023年09月25日 05:00
社会
「おはようございます。具合はどうですか?」「昨日、麻酔から目が覚めて、すぐに看護師さんと一緒に歩き始めました。昨夜ガスが出て、夕方から流動食も食べました。今朝から普通の食事を食べています。思っていたよりもずっと痛みが楽です」「順調そうですね。では予定通り、本日午後に退院しましょう」
私の勤めるMDアンダーソンがんセンターでは、通常の大腸がんのロボット手術や腹腔(ふくくう)鏡手術であれば、ほぼ1~2日で退院できます。米国では日本に比べて術後の入院期間が非常に短く、手術による患者さんの負担を減らして早期に回復できるよう、先進的な工夫がされています。本日は、米国で進む手術後の早期回復管理について解説します。
◆麻酔中から始まる徹底的な早期回復管理◆
体へのダメージを減らす早期回復管理は、麻酔中から始まります。日本からMDアンダーソンへ移籍して一番驚いたことの一つは、麻酔科医師たちの「術後早期回復」に対する意識の高さです。
古くからの麻酔管理では、麻酔や出血の影響で血圧が下がらないよう、十分な点滴を入れて血液循環を保つのが原則でした。しかし、水分を入れすぎると内臓がむくみ、術後に腸がむくんで動かない、体がだるくて歩けない、傷がむくんで痛みが増す、などさまざまな回復の遅れにつながります。このため、米国の早期回復管理では、手術中から徹底的に水分を絞って麻酔管理します。
血圧が下がらないギリギリのところで水分を絞った管理をするのは、技術的に難しく、何よりも「出血しない」という外科医への信頼があって成り立ちます。このため、米国では麻酔科医と外科医が緊密にコミュニケーションを取りながら手術を進めます。米国人と日本人の性格の違いもあるかもしれませんが、手術室がとにかくにぎやかです。日本では外科医と麻酔科医が黙ってお互い口出ししない、という光景も多く見られますが、米国ではスムーズな「チーム医療」の原則が手術室においてもより実践されていると感じます。
術後の吐き気が少なく目覚めの良い全身麻酔薬を使用するため、術後すぐにぱっちりと目が覚めています。
◆痛みは体への負担、徹底的に取り除く◆
もう一つ米国で目からウロコが落ちたのは「痛みは体への侵襲である」という考え方です。痛みはつらいだけでなく、体力を消耗します。そしてその消耗が回復の遅れにつながります。私が経験してきた日本の手術後管理では、痛み止めは注射と座薬で2、3種類、4時間空けないと追加できない、などが通常でした。これに比べると、米国では豊富な手術中の麻酔ブロックや術後の痛み止めにより、徹底的に痛みを取り除きます。
例えば、傷の小さなロボット手術においても、72時間効果の続く長時間作用性の局所麻酔薬を使って、おなかの痛みをブロックするTAPブロックという方法を行います。術後3日間の一番痛い時期におなかの痛みが楽になります。術後には、日本でよく用いる消炎鎮痛薬だけでなく、筋肉の痛みを和らげる薬など、豊富な痛み止めを併用します。それでも痛みを訴える患者さんには、痛み専門の医師チームが個別に対応します。痛みは万国共通ですので、米国の痛み管理は学ぶところが多いと感じます。
◆どんどん食事を進める◆
米国では、手術後になるべく早く食事を開始します。日本では消化管の手術後、流動食、五分粥(がゆ)、全粥と段階を経ながら数日かけて食事を進めていきますが、米国にはお粥の文化がありません。また、良くも悪くも患者さんの食欲が旺盛です。大腸がんの手術後、患者さんが望めば手術当日に通常食を開始することもよくあります。
今の手術技術では、早く食事を開始したから消化管の縫合不全が起こる、といった心配はありません。絶食期間を少なくし、早く手術前の状態に戻すことで早期回復させます。
◆ロボット手術と超早期回復管理で翌朝の退院も◆
入院により体力の落ちやすい高齢者はもちろん、早期に社会復帰が必要な若い患者さんにとっても、手術後の早期回復は重要です。MDアンダーソンでは、若く健康な大腸がんの患者さんのロボット手術では、手術翌朝の退院も行っています。医療費が高騰し経済を逼迫(ひっぱく)する日本でも今後、入院期間の短縮は重要になってくると思います。
◇小西 毅(こにし・つよし)1997年、東大医学部卒。東大腫瘍外科、がん研有明病院大腸外科を経て、2020年から米ヒューストンのMDアンダーソンがんセンターに勤務し、大腸がん手術の世界的第一人者として活躍。大腸がんの腹腔鏡・ロボット手術が専門で、特に高難度な直腸がん手術、骨盤郭清手術で世界的評価が高い。19、22年に米国大腸外科学会Barton Hoexter MD Award受賞。ほか学会受賞歴多数。