専門業務専念を支える「準医師」 日本で深刻化する外科医と麻酔科医不足解消へ一考に値する

2024年06月24日 05:30

社会

専門業務専念を支える「準医師」 日本で深刻化する外科医と麻酔科医不足解消へ一考に値する
APPのキャサリン(右端)ら私の外来のチームです
 がん治療の最前線、米国で働く日本人医師が現場から最新の情報を届ける「USA発 日本人スーパードクター これが最新がん治療」。テキサス州ヒューストンにある米がん研究最大の拠点「MDアンダーソンがんセンター」で治療に取り組む小西毅医師による第25回は、日本にはない米国の「準医師」制度についてです。
 【都市部でも不足する現代】
 日本は今、深刻な外科医と麻酔科医の不足に悩まされています。比較的医師の豊富な都市部ですら、外科医、麻酔科医の労働時間は過剰です。十分な休暇が取れず、疲弊し、技術や知識の研さんに必要な学会や研究活動に時間が割けません。地方における医師不足はさらに深刻です。数人の離職により、中核病院ですら十分な手術ができなくなります。足りない麻酔科医を補うため、麻酔が専門ではない若手の外科医に麻酔をかけさせたり、法外に高額な報酬を払って都市部から麻酔科医に来てもらわないと手術ができません。

費の高騰や医療の質低下につながっています。しかし、一人前の外科医や麻酔科医の数を増やすことは簡単ではありません。独立して安全に手術できる一人前の医師を育成するには、6年間の医学部卒業後、さらに少なくとも7~10年近い年月が必要です。命に直結する責任の重い仕事であり、労働のきつさも相まって、最近では医学部卒業生100人弱のうち外科医志望者はほんの2、3人ということも珍しくありません。

 一人前の外科医や麻酔科医は代えの利かない貴重な人材であり、無駄な仕事は省いて専門的な医療行為に専念できる効率性が求められています。

 【日本には存在しない職種】
 日本で20年以上外科医をやった私が米国に異動して、最も大きな違いを感じたことの一つは、医師の監督の下、医療行為の多くを医師の代わりに行う「準医師」とも言うべきAPP(高度診療提供、Advanced Practice Provider)の存在です。医師と看護師の中間に位置する「準医師」のAPPは、文字通り米国の臨床診療を支えています。日本には存在しない職種で、近年日本で試験的に運用されている、無資格で医療行為はできない「医療アシスタント」とは全く異なります。

 米国でAPPの資格を得るには、数年間にわたる専門課程が必要です。医師に比べれば年数は少ないですが、医学系大学院で数年間、医学教育と臨床研修を修了し、学位を取得します。さらに各専門領域の勉強をし、資格試験に合格し、州の免許を得て働くことができます。

 【麻酔から手術の介助まで】
APPの仕事内容は専門的で多岐にわたります。実際の仕事ぶりをご紹介しましょう。

 手術室では、麻酔科のAPPが麻酔科医の監督の下、患者さんに全身麻酔をかけ、挿管し人工呼吸器につなぎます。全身麻酔が安定したら、APPが1人で麻酔を維持します。状況に応じて点滴や血圧の薬を調整し、出血があれば輸血を開始します。麻酔科医1人に3人のAPPがつけば、1人の麻酔科医が同時に3つの手術室で全身麻酔をかけることができます。少ない麻酔科医で効率的に多くの患者の麻酔を管理できるのです。

 外科のAPPは手術に参加し、助手として執刀医の手術を介助します。ロボット手術のような高度な手技では、ベッドサイドでロボットを操作できる専門的な技術が必要です。不慣れな若い研修医よりも、ロボット手術専門のAPPはずっと上手に操作ができます。外科のAPPは病棟でも大活躍で、入院患者を見回り診察し、術後の食事開始、痛み止めや薬の処方など、術後管理のほとんどを行います。外科医が手術で長時間手術室から出られなくても、安心して病棟を任せられます。

 外来では各医師に専用のAPPがつきます。私とペアを組むキャサリンは新人ですが、優秀な外来APPです。初診、術後のがん再発チェック、内視鏡など、半日で20人以上の予約が入っています。キャサリンは患者さんの病歴や検査結果を完全に把握し、次々と診察して私に報告します。

 「この患者は肝転移が見つかったので、腫瘍内科医と肝臓外科医へコンサルトして次のステップへ進めておきますね」「この患者は来週手術なので、手術の概要を説明して、手術同意書を取っておきました。循環器科へ不整脈の相談をしましたが、問題ないようです」。テキパキと仕事を進めるAPPのおかげで、私は外科医しかできない仕事、例えばがんの広がりを詳細に評価し、抗がん剤や放射線治療をどう組み合わせるか判断し、最終的な手術方針を決定する、といった専門的で高度な業務に専念できるのです。

 【効率よく多くの患者診察】
 医師とAPPは上下関係ではなく、チームメートの関係です。米国では医師は司令塔、アメフトのクオーターバック的な役割です。多くの臨床業務を各専門のAPP、さらにナースや事務方へパスし、彼らが専門性を駆使してどんどん仕事を進めます。医師は全体を統括する立場で、APPと協力し、効率よく多くの患者を診ることができます。

 米国のAPPは日本の医師と同等以上の高給をもらいますが、医師の給料に比べれば格安です。医師を増やすよりもAPPを増やして業務を割り振り、医師は多くの専門業務に専念する方が経済的にも理にかなっています。

 日本の医師は業務が幅広く、APPのような医療行為のサポートがありません。このため、上級医師が若手医師を手足のようにこき使う文化が根強く残っています。外科医不足、麻酔科医不足が進む現代、米国のシステムは一考に値するのではないでしょうか。

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