進化し続ける神の手「ダビンチ」 腹腔鏡手術の弱点克服した手術支援ロボ 次世代機には触覚機能も

2024年09月30日 05:00

社会

進化し続ける神の手「ダビンチ」 腹腔鏡手術の弱点克服した手術支援ロボ 次世代機には触覚機能も
ダビンチXi。4本のアームが搭載されていて、それぞれのアームにドッキングされた手術器具を操って手術を行います Photo By 提供写真
 がん治療の最前線、米国で働く日本人医師が現場から最新の情報を届ける「USA発 日本人スーパードクター これが最新がん治療」。テキサス州ヒューストンにある米がん研究最大の拠点「MDアンダーソンがんセンター」で勤務する腫瘍外科医、生駒成彦医師のリポート第3回は、ロボット手術「ダビンチ」についてです。
 「腹に傷痕も残さず手術する。こんな神業ができるのは君しかいないな」

 手塚治虫の名作「ブラック・ジャック」では神の手を持つ天才外科医が、大手術の痕跡すらも残さずどんな病気もメス一つで治してしまいます。外科医なら誰しもが憧れるブラック・ジャックですが、実際はそうはいきません。私の専門とするすい臓がんや胃がんの手術では、大きく縦に腹壁を切開して(開腹)、おなかの中の空間(腹腔=ふくくう)を広げ手術の視野を確保することで、がんや腫瘍をしっかりと取り除き(切除)、腸管やすい臓の断端をつなぎ合わせます(再建)。腸管や臓器を切除・再建するだけでも大変なことですが、大きな開腹そのものの体へのダメージも実は大きいのです。

 腹腔内は内臓臓器のために最適な環境で保たれています。大きな開腹手術では、水分は蒸発し、臓器は乾き、気化熱で体の深部から低体温症になってしまいます。おなかを冷やしてしまうと腹痛や下痢などの原因になってしまうのは皆さん経験があると思いますが、それよりもずっと重い症状が、手術の後に患者さんを襲ってきます。いわゆる“イレウス(腸管まひ)”という状態で、腸管が何日も動かなくなってしまうのです。イレウスが起きてしまうと、腸管の内圧が上がり、せっかく吻合(ふんごう)した部位が破裂して(“漏れ”て)しまう“縫合不全”が起こりやすくなり、敗血症などの危篤な状況につながってしまうことがあります。

 この30年間で発達した腹腔鏡手術という技術では、カメラや細長い器具をポートと呼ばれる入り口を通して腹腔中に挿入することで、小さい傷で手術をすることが可能になりました。初めは比較的シンプルな術式である胆のう摘出術から始まった技術ですが、当時はそんなことできるわけない、と思われていた腹腔鏡手術も、今では当たり前の手術法になったのです。

 腹腔鏡手術では大きな開腹創を必要とせず、腹腔内の体温・湿度を保つことができるので、長い手術の後でも腸管や臓器の回復が早く、痛みも少ないためモルヒネなどの鎮痛剤の使用も最小限で済みます。術後回復・早期の退院、そして社会復帰に向けて大いにメリットのある腹腔鏡手術ですが、すい臓がんや胃がんの複雑な手術を腹腔鏡で安全に行うのは、外科医の大変な技術と鍛錬そして経験が必須です。

 エキスパートの外科医にとっても、ポートの場所によって限られた角度と距離から精密な手術手技を完遂するのは至難の業。腹腔鏡の長い器具で手術をするのは、例えば、菜箸でご飯粒をつまみ上げるようなものですし、器具の先端に関節がないので裏に回り込むような動きや、精密な運針は角度によっては不可能です。さらには、外科医なら誰でも自分の手の震えに精度の限界を感じるものです。そのような腹腔鏡手術の弱点を克服してくれる技術が、ロボット手術「ダビンチ」です。

 ダビンチはもうすでに第4世代、「Xi」モデルが主流で、当院でも9台のXiが活躍してくれています。実は来月には次世代の「DV5」モデルが2台追加で導入予定、私も今から首を長くして待ち構えています。これらダビンチはモデルチェンジのたびに、さまざまな機能がより高性能なものへと進化を遂げてきました。外科医の視点としてのメリットは主に次のようなものがあります。

 【患者&術者に大きなメリット】
 (1)高画質3Dカメラ
 ダビンチには4本の腕があり、その中心となる一本はカメラです。手術用コンソールに座ってその中をのぞいてみると、まるで自分が患者さんの腹腔内にいるような奥行きのある高画質の視界が広がります。さらに10~15倍に拡大された視野が精密な手術や細いすい管の吻合を可能にするのです。

 (2)関節のある手術器具
 ダビンチでの手術は、まるで自分の指で臓器や手術の針をつかんでいるような感じです。さらに先端に“手首”のような関節があることで、今までの腹腔鏡では不可能であった回り込む動きや難しい角度での運針も可能となり、複雑な切除や再建が必要となるすい臓の手術も、安全に小さい傷で行うことができるようになりました。

 (3)精密な動き、震えの補正機能
 ダビンチの手術をしている時は、自分の指先で手術をしているような感覚です。そして外科医の指先は、程度の差はあれ必ず震えが存在します。10倍に拡大された手術の視野で細かい吻合をしている時などは特に、指先の震えは手術の精度に大きく影響します。ダビンチは指先の動きを補正し、全く震えのない、まさに“神の手”を再現してくれるのです。

 その他にも、ワンクリックでON・OFFできる蛍光造影画像機能や、座って手術を行うことによって外科医の体に負担をかけないエルゴノミクス(人間工学)デザイン、1人の外科医が4本のアームを操作できることによる人員コストの削減、トレーニングシミュレーターによる外科研修の効率化などなど、ダビンチ手術の利点は枚挙にいとまがありません。DV5はさらに最新機能が搭載。中でも“触覚”のフィードバックが手術の安全性を高めるかもしれません。DV5のレビューは追ってご報告させていただきます。

 そしてロボット手術の一番の課題はコスト。1台2億~3億円ともいわれるダビンチは、一体それだけの価値があるのでしょうか。ロボット手術の“バリュー”について、今後じっくりお話しさせていただきます。

 ◇生駒 成彦(いこま・なるひこ)2007年、慶大医学部卒。11年に渡米し、米国ヒューストンのテキサス大医学部で外科研修。15年からMDアンダーソンがんセンターで腫瘍外科研修を履修。18年から同センターですい・胃がんの手術を専門に、ロボット腫瘍外科プログラムディレクターとして勤務。世界的第一人者として、手術だけでなく革新的な臨床研究でも名高い。

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