気がつけば40年(3)編集局の空気が急変した長嶋解任スクープ前夜

2020年07月28日 08:00

野球

気がつけば40年(3)編集局の空気が急変した長嶋解任スクープ前夜
「長島解任、藤田新監督」を報じた1980年10月21日付スポニチ東京版 Photo By スポニチ
 【永瀬郷太郎のGOOD LUCK!】午後10時半を少し過ぎた頃だった。1年先輩の橋本全弘さんと目配せして、そろそろ会社を出ようとしていたら、編集局の空気が急に変わった。
 特に運動部デスク席の周辺がピーンと張り詰めている。当番デスクを中心に運動部長、サブデスク、整理部のデスクが着信専用電話をにらんでいた。帰れなくなった。

 事情はすぐに分かった。スポニチ評論家の有本義明氏から「長嶋が危ないらしい」という一報が入り、その続報を待っていたのだ。

 刷り上がったばかりの早版は「長島留任」と伝えていた。

 巨人はこの日、広島市民球場でのシーズン最終戦に5―3で勝って61勝60敗9分けとし、勝率5割と3位を確保した。

 3年連続V逸が決定的になった夏場から注目されてきた長嶋茂雄監督の去就。「勝率5割とAクラス確保」が続投の条件というのが大方の見方だった。最終戦でその条件をクリアし、先発した江川卓は最多勝をほぼ確実にする16勝目を挙げていた。

 前年秋の伊東キャンプで鍛え上げた江川、西本聖、角三男(のちに盈男)、中畑清、篠塚利夫(のちに和典)、松本匡史らが成長。長嶋監督も手応えを感じ、来季に向けて明るい展望を口にしていた。

 巨人取材班はあらゆる事象、関係者の証言を総合して「留任」と判断したのだが、そこへ有本さんからの情報である。続報がなく膠着した時間帯、江熊順介編集局長の号令が飛んだ。

 「全力で裏を取れ。締め切りまで時間はあまりない。留任、解任、進退微妙。原稿を3つ用意するんだ。留任の紙面はもうできているから、あと2つだ」

 東京・下北沢の長谷川実雄球団代表邸、用賀の藤田元司邸へ走る記者、社内から関係者へ電話を掛けまくる先輩…。新米記者にできることは、プロ野球キャップの森本勇さんが書く原稿を1枚ずつデスクに運ぶくらいしかなかった。

 鉛の活字を組んでいた時代。運動部から整理部のデスクに入れられた原稿は工場に送られ、活字が組まれる。細切れで出稿して複数の人で組んだ方が早く組み上がるのである。

 総動員の裏取り作業。確証がつかめたのは日付が変わってからだった。

 「巨人、長島解任」

 「藤田新監督」

 大きな見だしが躍る紙面が輪転機からはき出されていった。この新聞が世の中の人の目に触れたら、どうなるのだろうか。ワクワクとドキドキ。高円寺のアパートに帰っても、なかなか寝付けなかった。

 翌朝、目が覚めるとテレビはスポニチの紙面を映し出していた。大変なことになると思って早く出社すると案の定、外部から直接かかる電話は鳴りっぱなしだった。

 「ふざけんな、スポニチ。長嶋がやめなかったらどうしてくれるんだ!」

 「Aクラスを確保したんだから続投だろうが。違うのか?」

 「何、ウソを書いてるんだよ。いいかげんにしろ!」

 ほとんどが怒れる長嶋ファンだった。「お気持ちは分かりますが、自信を持って報じています。発表まで待って下さい」と言って切ると、すぐ次の電話が鳴る。巨人から監督交代が発表されたのは午後5時だった。

 長嶋さんは解任された無念さを押し殺して「成績が不本意だったということで、男としてけじめをつけ、責任を取りたいということです」と大人の対応をしたが、球団常務への就任要請は固辞した。

 球団発表後、相変わらずひっきりなしにかかってくる電話のトーンが変わった。

 「スポニチ、やったな」

 「読売はなんで功労者の長嶋を切るんだ。もう巨人ファンやめるよ」

 「こんな悲しいことはない。あなたもそう思うでしょ。長嶋がいなくなるんだよ」

 涙声の人もいた。発表前はスポニチに向けられた怒りの矛先が巨人、読売へ。読売新聞はかなり部数を減らしたと言われている。長嶋人気は「永久に不滅」だった。

 入社1年目に体験した世紀のスクープ。私は何の役にも立っていないくせに、快感に酔った。(特別編集委員)

 ◆永瀬 郷太郎(ながせ・ごうたろう)1955年9月生まれの64歳。岡山市出身。80年スポーツニッポン新聞東京本社入社。82年から野球担当記者を続けている。還暦イヤーから学生時代の仲間とバンドをやっているが、今年はコロナ禍で活動していない。

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