【内田雅也の広角追球】甲子園の桜の下に先人の魂 9戦全敗の阪神を満開の桜と満員の観衆が待っている

2022年04月04日 20:11

野球

【内田雅也の広角追球】甲子園の桜の下に先人の魂 9戦全敗の阪神を満開の桜と満員の観衆が待っている
今季公式戦初戦を前に、甲子園球場周辺の桜は満開だった(4日午前11時25分撮影) Photo By スポニチ
 甲子園球場の正面入り口の前に老夫婦が並んでいた。恐らくお孫さんだろう、大学生風の男の子がカメラを構えている。夫婦は笑顔で写真に納まっていた。
 試合のない4日、月曜日。人けもなく静かで、風もなく温かな昼前の光景だった。

 あの老夫婦も甲子園に思い出を持っているのだろう。久しぶりに訪れた甲子園での記憶をよみがえらせている。そんな光景に見えた。

 <踏みしめる土の饒舌(じょうぜつ) 幾万の人の想い出(おもいで) 情熱は過ぎてロマンに 花ふぶく春に負けじと>と、阿久悠作詞の選抜高校野球大会歌『今ありて』にある。多くの人びとが甲子園の記憶を持っている。

 そんな、それぞれの思いを胸に、人は甲子園にやって来る。5日は阪神の甲子園での今季開幕戦だ。今年は違うが、阪神には3度の開幕戦がある。敵地での公式戦開幕、京セラドームなどでの本拠地開幕、そして甲子園での開幕。特に甲子園での開幕は節目として大切な一戦である。阪神への思いに加え、甲子園への思い入れを込めたファンが多く訪れる。

 例年4月の甲子園ナイターは超満員4万6千人とはいかない。5日も当日券は十分残っており、恐らく3万7、8千人の入りではないだろうか。それでも大入りには違いない。

 それにしても、甲子園球場もまさか、開幕から9戦全敗で帰って来るとは誰も思っていなかったろう。まさに異常事態である。阪神ファンのストレスは相当だろう。5日の試合内容によっては、相当なやじや怒号が飛び交うかもしれない。

 しかし、一方で猛虎たちを温かく迎えてくれるのもまた甲子園である。グラウンドも芝も、そしてファンも……実に温かい。それが長い間、猛虎たちを見守ってきた母なる野球場である。

 球場周辺の桜は満開だった。ファンショップ「ダグアウト」横も、酒蔵通りのスコアボード下も、南に下った月見里公園も……満開だった。チームがどれほど負けようが、それが歴史的、記録的な連敗であろうが、桜は美しく、懸命に咲き、猛虎たちの帰りを待ってくれていた。

 <桜の樹の下には屍体(したい)が埋まっている!>と梶井基次郎は書いた=『桜の樹の下には』=。<これは信じていいことなんだよ。何故(なぜ)って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか>。生と死を見つめた<空想>である。

 甲子園の桜が美しいのも、その根元に多くの先人たちの魂が眠っているからかもしれない。

 1935(昭和10)年12月の球団創設から87年。輝く栄光と、多くの苦難を乗り越えて、今がある。きら星のごと輝くスター選手もいた。涙をのみ、日の目を見ずに消えていった多くの選手がいた。そんな魂が宿る場所が甲子園なのだ。

 彼らは見つめている。猛虎魂となって、いまを見つめている。 =敬称略= (編集委員)

 ◆内田 雅也(うちた・まさや) 1963(昭和38)年2月、和歌山市生まれ。近鉄担当だった87年、よく阪神の取材にかり出された。大抵は張り込みや立ちん坊だった。翌88年、阪神担当に就任。その後長く「暗黒時代」で取材してきた。あの経験が今に生きているのだろうか。負けることを受けいれる心が備わっていた。阪神を追うコラム『内田雅也の追球』は今月から16年目に入った。

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