フェンシング見延和靖“三種の神器”で金ロード切り開く
2021年03月17日 05:30
フェンシング
フェンシングは競技中、防具のマスクを装着する。網目状のマスク越しから見る世界は独特だ。「この視界でミリ単位の判断が求められる。日によっても見え方が違う。この視界を日常生活に落とし込むことはできないだろうか」。見延はずっと、そんな思いを抱えていた。
出身地の福井県越前市に隣接する鯖江市は、メガネの一大産地として知られる。約2年前、知人の紹介で鯖江のメガネ工場「the WORK」の代表・上木敬介氏と知り合った。見延がオーダーしたのは、マスクを切り抜いてレンズ部分に使用する、世界で1つだけの逸品だった。
20年東京五輪までの完成を目指したが、新型コロナウイルスの影響で五輪は1年延期に。緊急事態宣言などで対面での打ち合わせも難しくなったことに加え、製作過程でも難作業が待ち受けていた。マスクの塗装を剥がすと網目がバラバラになってしまい、元と同じ間隔で再構築が必要になった。
さまざまな困難を乗り越え、黒のフレームに白の網目状レンズのメガネが完成。手元に届いた1月以降、日常生活にも投入した。「自宅で過ごしている時は、このメガネをつけている。つけたまま試合の動画を見ると、試合勘にもつながる」。見延も納得の出来栄えだ。
心を整えたい時、見延の手には切れ味抜群の刃物がある。
16年、越前市の「ふるさと大使」に就任した縁で、世界のトップシェフも愛用する「高村刃物製作所」の包丁を譲り受けた。料理で使用していたが、刃こぼれして研ぐ必要があったため、17年に製作所を訪問。研ぎ方を教わると、意外な効能を知る。「無になって、気持ちを落ち着かせることができた」と明かした。
シーズンを戦う中、メンタルの浮き沈みは避けては通れない。見延が包丁を握るのは、「フェンシングの波を上げていきたい時」だ。「気づくと1、2時間たっている。研ぎ終わった後は、心にスペースができている感覚がある。心にゆとりを持つことが大事なので」と話した。
包丁研ぎと時をほぼ同じくして、見延は自宅でマジックハンドを使い始めた。
110センチ以内と定められている競技用の剣に全長は近く、剣先の感覚を養うことが目的だ。「つかめるものは、何でもつかむ」。巧みに操作し、ティッシュやペンを取り、ひもを引っ張る。接近戦をイメージし、あえて近くにある物に狙いを定めることもある。
マジックハンドとの出合いは100円ショップだった。数本を使いつぶし、「今ので9本目。少しグレードアップして100円ショップではなく、ホームセンターで買った。200円くらいかな」と笑みを浮かべた。
包丁とマジックハンドを取り入れていた18~19年には、グランプリ大会やW杯で優勝。日本人初となる年間世界1位の快挙を成し遂げた。メガネもゲットして“三種の神器”がそろった今、照準を合わせるのは新型コロナの感染拡大後、初となる国際大会だ。
ロシア・カザンで開催されるW杯(19~21日に個人、22~23日に団体)は、東京五輪の出場権を争う最後の舞台。「絶対に団体で東京五輪に出て、金メダルを獲りにいく」。日常生活をフェンシングにささげ、頂への道を切り開く。
▽フェンシング五輪への道 出場権は、19年4月からの国際大会のポイントで決まる。団体の枠は8で国別世界ランクの上位4チームがまず決定。5~16位で大陸別(アフリカ、米、アジア・オセアニア、欧州)の最上位各1チームが出場する。団体出場権を得ると、個人に最大の3人エントリーが可能になる。
男子エペは19日からのW杯(ロシア・カザン)が五輪を争う最後の大会。個人で世界2位の山田優(26=自衛隊)は、日本協会の基準を満たし、代表を確実にしている。団体は韓国5位、日本8位、中国9位で激戦。見延は山田に次ぐ日本勢2番手の個人ランクをキープできれば、団体出場権を得た際にメンバーに入る。
女子フルーレは団体で既に五輪を決め、個人ランク上位の上野優佳(19=中大)東晟良(21=日体大)が代表に。サーブル個人で男子の吉田健人(28=警視庁)、女子の江村美咲(22=中大)も代表となった。また、日本は個人で8人分の開催国枠があり、強化本部がメダル獲得の可能性が高い種目や個人に分配する。
◆見延 和靖(みのべ・かずやす)1987年(昭62)7月15日生まれ、福井県越前市出身の33歳。福井・武生商でフェンシングを始める。フルーレとエペを両立していたが、法大入学後にエペに専念。卒業後はネクサスに入社し、16年リオデジャネイロ五輪の個人で6位。18~19年には日本初の年間世界1位に輝いた。1メートル77、74キロ。左利き。
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