山沢拓也とマーカス・スミス 1本の糸で結ばれた味わい深いマッチアップ
2022年11月12日 08:00
ラグビー
山沢が初めて日本代表候補の合宿に招集されたのは12年のこと。当時はまだ埼玉・深谷高の3年だった。類い希なラグビーセンスとスキルセットの高さを見抜き、15人の頭脳であり心臓とも言えるSOを時間をかけて育てていこうという意思を示したのが、当時のジョーンズHCだった。
最初は練習生として、その後はW杯代表候補として、定期的に招集して自分の手元で育成するつもりだったのだろうが、残念ながら当時の山沢は故障がち過ぎた。膝のケガで長期離脱を繰り返し、結局エディー体制ではキャップを獲得していない。15年10月30日、東京都内で行われた退任前最後の会見で、叱咤(しった)激励するように、山沢にこの言葉を残した。
「今までたくさんのケガをしている。トップレベルのラグビーをするなら、自分自身で体を作らなければならない。才能はある。パススキル、ランニングスキル、スペースを見つける能力。左右で蹴ることもできる。若い時代のフランス代表のミシャラクをほうふつとさせる。体を作れば、19年W杯のキープレーヤーになれる」
周囲の期待ばかりがふくらんだ山沢だが、ご存じの通り19年W杯代表には選ばれなかった。4年間の選考過程を振り返っても、「惜しい」という表現は的確ではない。ジョセフHCが指揮した17年のアジア選手権でキャップを獲得したものの、その評価は決して芳しいものではなかった。目指すラグビースタイルの違いもあるが、忍耐強く使い続けて育てる前任者と、一定水準に達した選手をピックアップする後任者の方針の違いもあり、一時は見限られた状態だった。
謙虚な山沢は決して口には出さないが、なかなか代表に選んでもらえない状況に、不満もあっただろう。それでも自分自身にベクトルを向けて一回り、二回り成長し、昨季のリーグワンでは同僚の松田力也がシーズン終盤に故障後、10番を背負ってチームを初代王者に導いた。そうしたパフォーマンスがようやくジョセフHCが定める水準に達し、今年6月のウルグアイ戦では5年ぶりにキャップを獲得。コロナ感染で欠場を余儀なくされたフランスとの第1戦も、当初は10番を背負う予定だった。李承信、中尾隼人と3人いる現代表のSOの中で、オールブラックス戦、今回のイングランド戦と山沢が起用された理由は、間違いなく指揮官の思い描くヒエラルキーの一番手にいる証拠だ。
一方のマーカス・スミスは、今まさにジョーンズHCの「忍耐強く使い続けて育てる」方針の真っ只中にいる若き俊英だ。18歳で英プレミアシップでデビュー。19年W杯には間に合わなかったものの、最初のシーズンからハーレクインズを優勝に導き、「天才」と称えられた。昨年7月の米国戦で代表初キャップを獲得し、以後は10番に定着している。
そんなスミス本人と、スミスを起用し続けるジョーンズHCが、メディアの大逆風にさらされている。29―30で敗れた11月6日のアルゼンチン戦の敗因が、スミスとCTBオーウェン・ファレル主将の10番―12番コンビにあると批判された。地元メディアは日本戦でのコンビ解消を求める論調ばかりだったが、ふたを開けてみれば日本戦もコンビを継続。8日の会見では「このコンビを100%信頼している。まだW杯まで12試合ある。(これまでコンビを組んだ4試合を含め)16試合一緒にやれば、連携が深まる」と批判をかわしていたが、信念を貫いた形となった。
もし山沢がプレーできないほどの故障を抱えていなかったら、15年W杯で歴史的な3勝を挙げる前の年、スミスと同じように10番に抜てきしただろうか。福岡堅樹や藤田慶和を我慢強く起用して育てたように、山沢のテストマッチデビューも、もう少し早かったかも知れない。そのまま無事なら、W杯代表31人の一員になっていただろう。ジョーンズHCがプレースタイルも似通ったスミスにかける期待の高さは、そのまま山沢にかけていた期待を投影しているような気がしてならない。
結果的に山沢を連れて行けなかった15年W杯で、日本代表が南アフリカを倒す準備をしていたブライトンカレッジに、当時16歳だったスミス少年は在学中だった。プレミアシップでデビューを飾る、わずか2年前のことだ。英国屈指の名門校で、まだ歴史的な番狂わせを起こす前の日本代表を、どんな気持ちで観察していただろうか。あるいはその翌日、コンディショニングのために訪れた選手を見送った花道の中で、今も身長1メートル75と国際レベルでは小さな部類に入る司令塔は、何らかのインスピレーションを得ていたかも知れない。
山沢とスミス。エディー・ジョーンズという一本の糸でつながる2人の司令塔が、マッチアップを果たす。この試合の勝敗が、2人のラグビー人生に何らかの変化をもたらすかも知れない。たった一度の邂逅となるか、W杯へのプロローグとなるか。80分間の先に紡がれていくストーリーにも、さまざまな想像をかき立てられている。(記者コラム・阿部 令)
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