戦死までは好きな野球を――滝川中の無念
2018年05月25日 09:00
野球
別所は同年春の選抜準々決勝・岐阜商(現県岐阜商)戦で9回、本塁突入の際、左肘を骨折しながら続投。左腕を包帯でつり、捕手は転がして返球した。そのまま延長12回途中まで投げ、14回にサヨナラ負けを喫した。大阪毎日新聞は「泣くな別所、センバツの花だ」と称賛し、中等球界のヒーローだった。
純粋な敢闘精神だけではなかったと自伝『剛球唸(うな)る!』(ベースボール・マガジン社)で明かしている。
<これを単に根性だとかフェアプレー精神とか思われても困る。球場には大和魂とか真摯(しんし)敢闘という看板が掲げられるなど、戦時下の重苦しい雰囲気があった。精神力ということで投げざるを得ない状況であった>。
選抜大会後の4月20日、春の近畿2府4県大会でも顔を合わせた。別所は故障がいえず、登板しなかった。実に延長25回の末、海草中が1―0でサヨナラ勝ちしていた。真田は被安打3、14奪三振と力投した。
夏の甲子園大会での雪辱を誓う滝川中だったが、7月13日、文部省が「大会中止」を意味する次官通達を発し、知らせを聞いた選手たちは途方に暮れた。青田が自伝『ジャジャ馬一代』(ザ・マサダ)で<僕ら野球部員の失望落胆は、言うまでもない>と明かしている。<「このまま中学で野球を続けていて、一体この先どうなっていくんやろ」漠然とした不安が胸中を去来した>。
同年12月8日にはついに日米開戦。翌1942(昭和17)年、滝川中を卒業した別所は慶大受験に失敗、旧制大阪専門学校を経て日大へ進んだ。学年が下の青田は中退し、17歳で巨人に入団した。戦力は整っており、監督の巨人OB、前川八郎は「甲子園大会があれば必ず全国制覇できた」と悔しがった。
<全国制覇のために猛練習を重ねてきたのに、もうその舞台は僕らには与えられない>。青田は巨人入りを決断した心境を記している。<好きな野球をやりながら金を稼ぎ、やがて軍隊に行くのを待とう>。<当時、軍隊に行くことは即“死”を意味した。死にに行くのだ。ならば死ぬまで、好きな野球を思うさまやってやろう>。
こうした心情は当時の多くの野球人が抱いていたのではないだろうか。
別所が対戦を望んだ真田とはプロで再会する。南海から巨人移籍の「別所引き抜き事件」にいたる1948(昭和23)年シーズン中、別所は真田(当時大陽)から<給料は私の2倍くらい。「球団が家を一軒くれた」とうれしそうに言う>のを聞いたそうだ。
また、別所が卒業時、慶大進学を望んだ理由は先輩の捕手、阪井盛一がいたからだった。滝川中入学当時に制球力を鍛えられたと自伝にある。<阪井さんは構えていてもストライクゾーンに入らないとボールを捕ってくれない。もちろん、ボールはそのまま通過してしまう。「拾ってこーい」と阪井さん。(中略)半分泣きながら投げた>。
この阪井は1943(昭和18)年10月16日、早大・戸塚球場で行われた、あの「最後の早慶戦」と呼ばれる、出陣学徒壮行の早慶戦を戦った慶大主将である。「ひとたび戦地に赴けば、生きて故郷の、そして学舎の土を踏むことはかなわないかもしれない、せめて最後に試合を、出来るならば早稲田と試合をしたい」と塾長・小泉信三に開催を申し出ていた。
試合後、<突然どこからともなく沸き上がる『海行かば』の厳粛な歌声は、やがて球場を圧し、今は敵も味方もなく征く者すべて戦友である>と『慶應義塾野球部史』に一文を寄せている。
この阪井を30年前、甲子園球場で取材したのを思い出した。1984年開校で野球部の流れをくむ滝川二高が初めて夏の甲子園大会に出場していた。1988年8月17日、2回戦で敗れた試合だった。
「選手気質は確かに変わったね。今の子は思い詰めていない。自由で楽しむ野球をやる。これはいいことだね」。当時68歳の会社会長。滝川OB会長として毎年必ず県大会に駆けつけると話していた。穏やかに、入社4年目の若造に説いて聞かせるようだった。
思い詰めていたのだ。死を覚悟して、野球をしていたのである。
阪井はソ連で2年の抑留を経て、別所は極寒の満州で関東軍演習に耐え、青田は加古川戦闘隊で出撃前に終戦を迎え、生還したのだった。 =敬称略= (編集委員)
◆内田 雅也(うちた・まさや) 入社2年目の1986年、大阪・北新地の店で「梅田三次郎」と名乗る方に出会った。スポニチ先輩とのことだったが、後に会社創立時からの専務と知る。現役引退後、本紙評論家だった真田重蔵氏が明星高(大阪)監督に就いたのは同校OBの同氏の仲介だったのだろう。評論家を務めながら63年、夏の甲子園大会で優勝を果たした。総務部に62年創設の社内野球記録があり、第1回首位打者、大会1号本塁打に「真田重蔵」と記されていた。
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