【内田雅也の追球】伊藤将が見せた神業 1000分の1秒の誤差を修正し、大量失点から立ち直る

2022年03月17日 08:00

野球

【内田雅也の追球】伊藤将が見せた神業 1000分の1秒の誤差を修正し、大量失点から立ち直る
6回6失点の伊藤将 Photo By スポニチ
 【オープン戦   阪神9ー6ソフトバンク ( 2022年3月16日    ペイペイD )】 「乱れる」「崩れる」との比喩は投手に限られ、捕手、野手や打者には使われない。1980年代に活躍したプロ野球批評家、草野進(しん)が文芸誌『海』(中央公論社)で書いていた。帰国子女で女性華道家。いわゆる覆面作家だった。
 <投手は、乱れ、崩れるものであり、それを認めまいとする哲学は時代遅れのロマン主義にすぎない>とし<いったん崩れたり乱れたりしたピッチャーはもう救いようがない。それを救うのは投手交代のみである>。

 この夜の阪神先発・伊藤将司もまさに乱れ、崩れた。それも突然だった。3回まで打者9人でパーフェクトだったが、4回裏1死から5連続長打(連続本塁打を含む)など8安打され、一挙6点を失ったのだ。

 球が高かった、と自己分析している。前回登板(8日・広島戦)で4回6安打3失点と不調で、「低めに投げるため、もっと前でボールを離すように心がける」と臨んだマウンドだった。
 ところが乱れだすと止まらない。相手先発の松本裕樹は初回からの制球難は解消されなかった。公式戦なら投手交代だったろう。3回6安打5四球で8失点だった。

 米心理学者、マイク・スタドラーが『一球の心理学』(ダイヤモンド社)で<たった一球で崩れる、投手の微妙な心理>を分析している。伊藤将にとっては、初安打のポテン二塁打や柳田悠岐を詰まらせながら二塁打になった不運がきっかけだったかもしれない。

 スタドラーによると、バッテリー間18メートル44、指先を離れてから約17メートルで、内外角に投げ分けるには角度にして約0・5度、コーナーぎりぎりに投げるには0・25度という高い精度が求められる。高低差では<リリースするタイミングが1000分の1秒速くなりすぎただけでも、大リーグでは不正確な球>になる。

 ならば、伊藤将が目指した「前で離す」というのも、実に繊細な動作である。「前」とは恐らく数センチの違いだろう。

 普通は<救いようがない>。ところが、伊藤将は立ち直った。大量失点後の5、6回と元通り好投、無失点で封じた。

 1000分の1秒や数センチの誤差を微調整したわけだ。先の書によれば神経回路に<メトロノームのようなタイマー>がある。伊藤将自身の、独特の感覚があるのだろう。

 神は細部に宿る。つまり、神業のような復調だった。 =敬称略=
 (編集委員)

おすすめテーマ

2022年03月17日のニュース

特集

野球のランキング

【楽天】オススメアイテム