日本人外科医が現場で感じた日米の医療の違い 日本は職人お任せの寿司店、米国は店員と相談するレストラン

2024年07月22日 05:00

社会

日本人外科医が現場で感じた日米の医療の違い 日本は職人お任せの寿司店、米国は店員と相談するレストラン
MDアンダーソンがんセンターに赴任して4年がたとうとしています Photo By スポニチ
 がん治療の最前線、米国で働く日本人医師が現場から最新の情報を届ける「USA発 日本人スーパードクター これが最新がん治療」。テキサス州ヒューストンにある米がん研究最大の拠点「MDアンダーソンがんセンター」で治療に取り組む小西毅医師によるリポートは、今回が最終回となります。1年4カ月にわたった連載を振り返りつつ、現場で感じた日米の医療の違いについて伝えます。
 【一番は治療の選択肢の多さ】
 日本で20年以上がん治療の現場で外科医をしてきた私が、2020年に米国のがんセンターへ赴任して4年弱。この連載で1年以上にわたり米国の最先端がん治療や医療システムを紹介してきましたが、最終回の今回は、米国で臨床をする中で最も大きな違いを感じたことをいくつか総括したいと思います。

 米国の臨床の現場で一番大きな違いを感じたのは、治療の選択肢の多さです。私が専門とする大腸がんでは、ここ数年だけでもさまざまな革新的治療が開発されました。これまでの連載で紹介したように、直腸がんに対して放射線や抗がん剤を全て手術前に投入する「TNT」、治療がよく効けば手術せず経過観察する「Watch & Wait」、大腸がんの一部(MSIタイプ)でほぼ100%がんを死滅させる「免疫治療」、血液に浮かぶがん細胞DNAを測定し早期に再発を予測する「リキッドバイオプシー(ctDNA)」、ロボット手術の進歩、新しい精密な大腸がん検診「コロガード」、数え上げればきりがありません。

 【ガイドラインを何度も更新】
 驚くことに、これらの新しい治療は最先端施設だけでなく、全国に広く速やかに普及しています。これに貢献しているのが、米国がん治療の指針であるNCCNガイドラインです。NCCNガイドラインは毎年何度も更新され、そのたびに最先端の治療が追記されます。例えば、2024年版結腸がんガイドラインはすでに第4版です。日本を含め、各国のガイドラインは数年に1度の改訂が普通です。米国で新しい治療がいかに早く積極的に導入されているかが分かると思います。

 米国のガイドラインでは、個々のがんの状態に応じて、必ず複数の治療が推奨されます。患者さんによっては、最も再発しにくい治療を優先する人もいれば、生活の質(QOL)を損なわない治療を重視する人もいます。手術で大きく臓器を切る治療だけでなく、抗がん剤や放射線を駆使して臓器を温存する治療が、バリエーション豊富に用意されています。

 このような豊富なメニューの中から、医師と患者が一緒に治療法を決定する共有意思決定(Shared decision making)が米国では浸透しています。治療が決定したら、外科と他科(腫瘍内科、放射線治療科)が密接に連動し、毎日何十通ものメールをやりとりしながら治療を進めていくのです。

 日本のガイドラインは、がんの位置や進行度で細かく分類し、「あなたのがんはこの治療が一番お薦め」と最適な治療を推奨します。例えが適切か分かりませんが、日本は職人が一番お薦めのメニューを、腕によりをかけて提供するお任せの寿司店。米国は新しい品がどんどん加わる豊富なメニューの中から、店員と客が相談してアラカルトで注文を決めるレストラン、のようなイメージです。この背景には、日本人はプロを信頼し、お薦めに任せる方が安心、米国人はこだわりが強く、自分好みに注文する方が安心、という国民性の違いもあるかもしれません。

 【意外なテクノロジーの進化】
 日本の外科医は手術が上手、というのは有名な話ですが、米国に来て意外だったのは、ロボットなどテクノロジーの進化で急速に手術技術が進み、今や日本と同等以上のレベルの細かな手術が行われています。ひと昔前の開腹手術の時代には手術室で学ぶしかなかった手術技術も、現代は腹腔(ふくくう)鏡やロボットの手術ビデオで簡単に学べます。AIによる手術ナビゲーションの開発も進んでおり、技術の差はますますなくなることが予想されます。

 術後で印象的なのは、米国では麻酔科が専門的な神経ブロックを駆使して徹底的な無痛治療を行います。米国人は日本人よりずっと痛がりですが、直腸がんの大きな手術の翌日でもブロックのおかげでほとんど痛がらず、術後2日ほどで元気に退院します。ロボット手術など傷の小さな手術を「低侵襲手術」と呼びますが、傷の大きさではなく痛みそのものが体への負担、侵襲なのだと痛感します。痛みが続けば消耗し、痛みを徹底的に排除すればこんなに早く回復、退院するのだと体感できたのは、米国における大きな学びでした。

 早期退院が可能なもう一つの要因は、退院後のホームヘルスサポートや訪問看護など、患者さんや家族が安心して自宅療養できる民間サービスの充実です。日本では患者さんの体が回復しても「家に帰って身の回りを世話する自信がない」などの理由で、社会的入院を続けることが多々あります。時には家族から「帰ってきても面倒見られないからもう少し入院させてくれ」と、退院を拒否されるケースもあります。自宅療養をサポートする体制は日本の核家族化、高齢化を考えると重要な問題に感じます。

 【米国に合う格差伴うシステム】
 米国の医療は良いところだけではありません。世界一高額な医療費は毎年伸び続け、臨床の現場でも貧富の差による医療格差を多く経験します。一方、米国の高額な医療費は保険も含めて民間経済中心で回っています。成長し続ける医療経済は米国の中心産業として力強く伸び続け、多くの雇用、開発、投資を生み出しています。大きな問題をはらみつつも、自己責任や個人の違いを当たり前とする米国人の国民性には、格差を伴うシステムの方が性に合っているのかもしれません。

 ◇小西 毅(こにし・つよし)1997年、東大医学部卒。東大腫瘍外科、がん研有明病院大腸外科を経て、2020年から米ヒューストンのMDアンダーソンがんセンターに勤務し、大腸がん手術の世界的第一人者として活躍。大腸がんの腹腔鏡・ロボット手術が専門で、特に高難度な直腸がん手術、骨盤郭清手術で世界的評価が高い。19、22年に米国大腸外科学会Barton Hoexter MD Award受賞。ほか学会受賞歴多数。

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