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【スポニチ×スポキャリインタビューvol.14】 岡本悌二さん(姫路独協大学硬式野球部部長)
2021年07月03日 12:00
スポーツ
[聞き手]岡泰秀(株)スポキャリ取締役会長。昭和50年(1975年)生まれ。京都成章高-大阪体育大。99年4月(株)大阪近鉄バファローズに入社。監督付き広報、2軍チームマネジャーほか、球団社長室に所属し、肖像権委員会、広報業務などに携わる。近鉄球団の整理を担当しながら、オリックスバファローズや東北楽天イーグルスの設立に携わり退社。09年にスポーツマネジメント会社「スポーツカンパニー」設立。上原浩治(元巨人)、建山義紀(元日本ハム)らの日本側の代理人を務め、清水直行(元ロッテ)らの事業コンサルを務めた。04年よりプロスポーツ昭和50年会を立ち上げ、幹事長を務める。05年より大阪体育大学硬式野球部の助監督を務めた(~17年)。16年からは阪神大学野球連盟の常任理事。
―大学時代は一番下の存在からレギュラーになった。どの部分を頑張ったのか。
「指導者ができるだけ、みんなにチャンスを与えるという方針だったのが自分にとっては良かった。与えられたチャンスをつかめるかどうかは自分次第。
だから練習に打ち込めた。左打者だったので左投手が苦手だったけど、慣れるしかないと打撃練習だけでなくキャッチボール、トス打撃も全部左に相手をしてもらった。左投手がブルペンにいるときは打席に立った。4年の東海大戦で左相手に代打でヒットを打てた。あれはうれしかった」
―スポーツをやっていると、どうしても壁にぶつかる。ケガもあるし、スランプもある。そのときにどう取り組んだのか。具体的に話ができれば就活でも武器になりますね。
「野球に限らず、スポーツで勝ち続けるなんてありえない。負けるときの方が多い。そこで次に向けて、何をしたか。失敗も自分の財産。大事にしてほしい。東京ガスでも入った当初はずっと電話番。それでも『はい、総務、岡本です』と明るく応対することを心がけていたら、試合のときに応援してくれる人も増えた。日体大、東京ガス時代の人間関係は今も自分の財産。野球部の活動でもプラスになっている」
―どんな仕事が向いているのか、どの会社が合っているのか。就活の中で迷う学生は少なくないのですが。
「どれだけ情報を集めても、会社とか組織とか仕事の内容とか、やってみないと分からない。厳しいな、向いてないなと思っても、3年はやるべきだと学生には言っています。私も東京ガスの2年目に病気で入院して、今の大学の仕事に転職したのですが、1年だけで向いているかどうかは分からない。3年頑張ってみて、ダメなら次のことを考えてみてもいい。それでいいんじゃないでしょうか」
―最後は自分の人生ですからね。自分のことは自分で決めるしかない。人に任せたら、悔いが必ず残ります。
「その通り。監督時代は守備位置のコンバートも私から指示したことはなかった。それとなく示唆することはあっても、自分で決めさせることにしていた。自分で決めるからには言い訳できない。人のせいにはできない。就職も一緒。いい会社か悪い会社かは自分で決めて入ってみないと分からない。自分で決めるのが社会人への第一歩なんです。人生どれだけやっても悔いは残る。ないはずはない。でもチームとしてスポーツに取り組んだ経験は必ずプラスになる。自分を信じて、前に進んでほしい」
◆就活のためのキーワード
1、スポーツでも就活中でも壁に当たることがある。自分には無理、できないと思ったら負ける。苦しいときこそスポーツで鍛えた精神力発揮のとき。
2、いい会社か悪い会社か。向いているかどうか。中に入ってみないと分からない。まずは3年間、飛び込んでから頑張ってみよう。
3、自分の人生だし、最後は自分で決めるしかない。自分で決めるからには言い訳できない。人のせいにはできない。その覚悟で進んでいこう。