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【内田雅也の追球】AIを超える「感覚」 阪神・糸井と中野が放ったフルカウントからの殊勲打

2021年09月04日 08:00

野球

【内田雅也の追球】AIを超える「感覚」 阪神・糸井と中野が放ったフルカウントからの殊勲打
6回、糸井は右中間に適時二塁打を放つ Photo By スポニチ
 【セ・リーグ   阪神7-3巨人 ( 2021年9月3日    甲子園 )】 阪神の糸井嘉男がたたき出した反撃の1点、中野拓夢が放った決勝三塁打は、ともにフルカウントからの一打だった。打者、投手ともにイン・ザ・ホールと追い詰められた局面で打てたのは感覚が働いたからである。
 糸井は3点を追う6回裏無死一塁での代打だった。この回先頭・大山悠輔の中前打がこの夜初めての走者。巨人先発の戸郷翔征に沈黙していた。

 9月優勝争いの大事な首位攻防初戦、伝統の一戦である。戸郷対策の対策も十分に練っていたはずだ。打撃コーチ・北川博敏も試合序盤、「直球、フォーク両方追いかけず、狙い球を絞って打ちにいってほしい」とのコメントを出していた。

 もちろん、球種やコースなど狙い球を絞るのは大切なことだ。相手の巨人は、恐らくだが、西勇輝に対し、内角球は捨て、外角球に的を絞って攻略にきていた。4回表攻撃前の円陣で徹底されていたように思う。0―0均衡を破った5回表の2点。放った3安打はすべて外角球だった。チームとして狙い球を絞る攻撃姿勢の成功例だろう。

 だが、それも追い込まれるまでの話である。2ストライク後はあらゆる球種、コースへの対応が求められる。

 たとえば今季、戸郷のフルカウントからの投球は全87球のうち、直球が41球(47・1%)、フォークが30球(34・5%)だと共同通信データシステム『翼』にある。結果は43打数9安打、被打率・209だ=数字は2日現在=。ただ、打席の糸井にこのデータが役に立っただろうか。

 いや、問題は感覚なのだ。「天然」とも「超人」とも呼ばれる糸井はこの感覚が優れている。嗅覚だろうか。動物的である。無類の勝負強さを発揮した「ミスター・プロ野球」長嶋茂雄の「動物的カン」に似た感覚がある。

 だから、あのフルカウントでフォークも頭にあるなか、直球を反応でとらえ、右中間にライナーではじき返せたのだ。糸井の一打は打席での闘争姿勢という点で手本となり、またチームに勇気を与えたとみている。

 解剖学者の養老孟司はプロ棋士・羽生善治との対談で「まず五感を鍛えろ」と説く。『AIの壁』(PHP新書)にある。今やプロ棋士が発達した将棋ソフトに敗れる時代である。ただ、羽生は「普通はプロセスから学ぶが、AIが提示するのは“問い”と“答え”だけ」と疑問を投げかけていた。養老は「あらゆる感覚を訓練しないことには、生き物として話にならない」と応じている。

 中野の決勝打も感覚の勝利だ。大江竜聖フルカウントでの過去25球中、直球14球、スライダー10球。打ったのはスライダーで、しかも高めボール球を右越えに運んだ。

 「AI打者」ならば過去の傾向から直球に重きを置いて待っていたろう。ボール球は見送るだろう。つまり、あれはAIにない、計算外の殊勲打だった。 =敬称略= (編集委員) 

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