山藤章二さん死去 87歳 ロッキード事件「ユーモアと品」で風刺「週刊朝日を後ろから開かせる男」

2024年10月01日 05:30

芸能

山藤章二さん死去 87歳 ロッキード事件「ユーモアと品」で風刺「週刊朝日を後ろから開かせる男」
<「ラモスの会」>Jリーグ・ヴェルディ川崎のラモス瑠偉を激励する「ラモスの会」に出席し談笑する(左から)落語家・立川談志、放送作家の高田文夫氏、漫画家でイラストレーターの山藤章二氏、タレントのビートたけし(北野武)。 Photo By スポニチ
 政治家や芸能人の風刺似顔絵で知られるイラストレーターの山藤章二(やまふじ・しょうじ)さんが30日午前、老衰のため東京都で死去した。87歳。東京都出身。葬儀は近親者で行う。喪主は長男大地(だいち)さん。「週刊朝日」の時事漫画連載「山藤章二のブラック・アングル」は2021年12月まで45年続いた。1997年には本紙で阿久悠さんの連載小説「球心蔵(きゅうしんぐら)」のイラストを描いた。
 大地さんによると、山藤さんは妻で随筆家の米子さんと一緒に暮らしていたが、昨年末、米子さんが亡くなった後は「1人で住んでいた」という。最期は大地さんがみとった。21年末の「山藤章二のブラック・アングル」終了後は、公での活動はほとんどなかった。

 武蔵野美術学校(現武蔵野美大)卒業後、広告会社を経て1964年に独立。作家の野坂昭如さんによる週刊誌の連載コラム「エロトピア」などのイラストで注目を集め、「山藤流」を確立した。

 「ブラック・アングル」が始まった1976年は田中角栄元首相らが逮捕された「ロッキード事件」が明るみに出た年。政治家らの似顔絵と文章で政治と社会を鋭く風刺し、ユーモアと人間くささのある作風が広く人気を呼んだ。81年からは同じく週刊朝日で読者投稿の連載「山藤章二の似顔絵塾」も始まり人気に。「ブラック・アングル」が最終ページに掲載されていたことから「週刊朝日を後ろから開かせる男」と呼ばれた。

 本紙との関係も深かった。74年に「軟派にっぽんの100人」を連載。97年の阿久悠さんによる連載小説「球心蔵 六甲おろしがこだまする」はプロ野球・阪神をテーマにしており、大の虎党でもあった山藤さんはイラストを描く腕にも力が入った。01年には、本紙が文化や芸術に貢献した人物を表彰する「スポニチ文化芸術大賞」の優秀賞を受賞し、「風刺や毒筆は際限なくいくらでも発揮できるが、不快感を与えないところで踏みとどまるのがコツ。ユーモアと品、それが私の2大ストッパーです」と語っていた。長年、同賞の選考委員も務めた。

 江戸時代末期の文化を好み、「現代の戯れ絵師」を自称。落語にも造詣が深く、85年には、立川談志さんの弟子だった高田文夫(76)の落語会のプロデュースを買って出たほど。99年には古今亭志ん生さん、三遊亭円生さん、桂米朝さんら名落語家のイラストが80円切手で発売された。「役所もたまには粋なことをする」と喜んでいた。

 山藤 章二(やまふじ・しょうじ)1937年(昭12)2月20日生まれ、東京都出身。武蔵野美大在学中の57年、日本宣伝美術会展で特選を受賞。ナショナル宣伝研究所に入社後、広告電通賞、毎日商業デザイン賞などを受賞。松本清張さんの元にイラストを持参すると気に入られ、松本さんの長編推理小説「Dの複合」の挿絵を担当。70年に講談社出版文化賞さしえ賞、83年に菊池寛賞を受賞。04年に紫綬褒章を受章。著書に「ヘタウマ文化論」「自分史ときどき昭和史」など。

 ▼松尾貴史(タレント) 山藤さんにはひとかたならぬという慣用句では表せないほどのお世話になりました。デビューして間もない頃から薫陶を受け、若い頃得意としていた討論番組のパロディーの演目も山藤さんの提案からでした。週刊朝日の人気連載「山藤章二の似顔絵塾」を勇退なさった時は、私が二代目塾長を拝命しました。いつお目にかかっても、鋭い批評眼でいろいろ指摘をされるばかりで、いつも健全な緊張感を保つことができました。

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