【特別寄稿】脚本家・吉田恵里香さん 眩しかった開会式 五輪を楽しみ平和を叫ぼう
2024年07月28日 04:30
五輪
![【特別寄稿】脚本家・吉田恵里香さん 眩しかった開会式 五輪を楽しみ平和を叫ぼう](/sports/news/2024/07/28/jpeg/20240728s10048000083000p_view.webp)
民衆の歌が流れ、首を斬られたマリー・アントワネットが自由を謡う。ジャンヌダルクらしき人物が五輪の旗を掲げて、白い羽を背負い、史実の彼女が入ることができなかったパリの地を進む。沢山(たくさん)の犠牲を払って革命で勝ち得た今を、セーヌ川を下り、パリの歴史深い名所を巡りながら見せていく。あの革命を全肯定はしないし暴力には断固反対だが、歴史に目を背けず、自国の誇りを見せつけられた開会式だった。眩しさを感じることは他にもある。今大会は参加選手の男女比がピッタリ同数になるらしい。これはオリンピック史上初だそうだ。数字だけで男女平等は測れないが、数字ですら平等になれないことばかりの世界に住んでいると「男女同数」という言葉が眩しく輝いてみえる。女性のオリンピック出場が初めて許されたのも奇(く)しくも1900年のパリ大会。夏季五輪の全競技に女性が参加できるようになったのは12年前のロンドン大会で、オリンピックの歴史を考えると、どちらもつい最近だ。今大会は現地のゴールデンタイムに放映される競技の男女バランスを考慮してスケジュールを組み、女性のスポーツへの関心を広めようとしている。フリジア帽をモチーフとしたマスコットのフリージュたちは動物ではなく性別はなく、パラリンピックフリージュは義足をつけている。これもおそらく今大会が初だ。性別で区別しない競技も増えつつある。何事も、まずは形から始めないと何も変わらないと思っているので、素晴らしい取り組みだなと純粋に思った。
と、ここまでは外から見た綺麗(きれい)な部分の感想だ。私は開催国の人間の声が聴きたくて、叔母と従姉(いとこ)に連絡をとった。叔母はフランス人と結婚し、現在は家族で海外県に住んでいる。叔母はまず聖火リレーについて話してくれた。聖火はフランス本土からレユニオン島(聖火が通過した最南端場所となった)、南太平洋にあるタヒチ諸島(サーフィン競技が行われる)へと移動した。「フランスの海外県、海外領土全部が力を合わせて盛り上げていた」と叔母は喜んで語っていた。従姉は緊迫した状況の中でのオリンピック開催を心配していた。あちこちで発表されたストライキ(開会式当日も高速鉄道で事件が起きた。開会式のダンサーの賃金格差を訴えるストも起きた)や、インフレが進行している状況でのさらなる過度な価格高騰、治安悪化など問題は多い。優しい従姉はパリで暮らす友人たちに大会期間中どうやって過ごすのか聞いてくれた。友人たちの多くは地方に住居を一カ月以上レンタルしたり、パリのオフィスへの出社を免除されフルリモートにしたりと、パリに近づかない対策を取っていた。長期バカンスを取ることが普通であるフランスならではの選択だ。これも眩しいなぁと呑気(のんき)に思っていたら、メールの最後にこう書かれていた。
「地政学的問題の多いこの状況で、パリの群衆の中にいることはあまりに危険です。1972年のミュンヘンや2015年11月13日のようなシナリオを恐れています。つまり、私たちが火薬庫の上で祝ったり、火薬庫に近づくことさえ問題外。私たちは全ての戦争と地続きにいるのです」
その言葉は重かった。
昔から叔母も従姉も、フランス革命が起きた国の良い部分と、時々悪い部分を語ってくれていた。幼い頃から「日本人とフランス人の気質を足して割れないものか」と私は思っていたが、それも、どこか人ごとであった。地続きという言葉は、目を背けていたことと向き合うきっかけとなった。
オリンピックというスポーツと平和の祭典は、この時代に必要なのか?創作を生業(なりわい)にする私も同様の問いに、日々直面して悩んでいる。SNSでは可愛い動物たちの違法転載写真に交じって、ガザ地区の無差別虐殺で亡くなった子供たちの動画が流れてくる。パレスチナ以外でも今なお続く戦争、飢餓、あらゆる差別に心が折れて「こんな仕事をしていていいのか?」と苦しくなる。でもオリンピックもエンタメも“必要ではないが絶対になくしてはいけないもの”なのだと思う。矛盾している言葉だが、これが私の答えだ。娯楽が不要のものになった世界が行き着く先は言わずもがなだ。現在、平和というのは、混沌(こんとん)とした世界状況の上澄みの中にのみ存在している。自分の境遇や貧困から脱するため、家族を養う手段としてスポーツとエンターテインメントの世界に身を置く人がいることは勿論(もちろん)分かっていて心から尊敬する。だが、大抵の場合スポーツもエンターテインメントも“得意”や“好き”“自己への挑戦”“自己表現”など、平和の上澄みの上澄みの世界で成り立つ仕事だ。だからこそ観(み)る人を惹(ひ)きつけて、癒やしや希望や感動を与えられるのだと信じている。でもだからこそ、目を背ける場所にオリンピックもエンターテインメントもなってはいけない。
世界中の人々が注目する場所だからこそ、スポーツを心から楽しみ、選手たちに全力を出し切ってほしいからこそ、私たちは世界平和や平等を訴えていかなければいけない。開会式を見て改めてそう思った。
私の言葉に、なんとなく苦手意識を持って読んできた方も多いだろう。この手の苦手意識は大抵、社会が私たちに植え付けてきたものだからだ。ただ言いたいのは、オリンピックを心から楽しむことと平和や平等を訴えることは両立するということだ。私も自分なりにオリンピックを楽しんでみる。だからあなたも、切り離さず否定せず、世界平和を祈り、叫びながらパリ大会を楽しみませんか?
最後にパレスチナ代表の競泳男子100メートル背泳ぎのヤザン・バウワブ選手の言葉を紹介したい。(ちなみにパリ大会に出場するパレスチナ代表選手はたった8人。予選を通過して出場権を獲得したのはテコンドーの選手1人だそうだ)
「パレスチナはこのままでは生き残れない。その中で、他国と同じように旗を掲げられることは素晴らしいことです。みんなと同じように扱われたい。特別なことは何も求めません。だから、私たちはただ人間でありたいだけなのだということを世界に知ってほしい」
戦争も平和も平等も差別も全て地続き。全て自分事なのだ。
◇吉田恵里香(よしだ・えりか)1987年(昭62)11月21日生まれ、神奈川県出身の36歳。日大芸術学部文芸学科卒。大学在学中から脚本家として活動。代表作にテレビ東京ドラマ「30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい」など。22年「恋せぬふたり」で向田邦子賞、ギャラクシー賞を受賞。22年、シリーズ構成・脚本を務めたアニメ「ぼっち・ざ・ろっく!」でAnime of the Year最優秀脚色賞を受賞。今年のNHK連続テレビ小説「虎に翼」の脚本を担当。
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