映画「方舟にのって」 「イエスの方舟」はオウムや統一教会と何が違ったのか?騒動から45年目の真実の姿

2024年09月17日 14:15

芸能

映画「方舟にのって」 「イエスの方舟」はオウムや統一教会と何が違ったのか?騒動から45年目の真実の姿
マスコミに囲まれる千石剛賢さん(映画「方舟にのって」より) Photo By 提供写真
 1980年、日本中から好奇の目で見られた宗教団体があった。故千石剛賢さんが主宰した「イエスの方舟」。若い女性約20人が千石さんと共同生活をしていることが分かり、大きな騒動となる。カルト集団なのか、それともハーレムなのか?さまざまな憶測を呼んだ集団は現在も安住の地・福岡で静かに共同生活を送っている。その本当の姿を紐解いたのがドキュメンタリー映画「方舟にのって~イエスの方舟45年目の真実~」(大阪十三・第七藝術劇場などで上映中)。TBSドラマ制作部に所属する新進気鋭の佐井大紀監督(30)に話を聞いた。
 事件の発端は週刊誌報道だった。教会に身を寄せる女性の両親が「怪しい宗教団体に監禁されている」と雑誌を通じて訴えたことから、世間の興味を引くことになった。「ハーレム」「楽園」など扇情的な言葉が書き連ねられ、報道はどんどん過熱した。国会にも取り上げられ、ついには警察が出動。千石さんは1980年7月、名誉毀損、暴力行為などの容疑で逮捕された。

 しかし、実態は大きく違った。身寄りのない女性、親との関係に悩む女性、貧困に苦しむ女性らの受け皿として機能していた団体だったことが徐々に明らかになった。逮捕からほどなく千石さんは不起訴となり、報道も下火となっていった。余談になるが、これがマスコミの自省を呼び、その後の新興宗教への報道姿勢に影響を及ぼし、オウム真理教ができる土壌が作られてしまったと言われている。

 この騒動を、スタイリッシュなドラマ現場を駆け回っている青年がなぜ興味を持ったのか?佐井監督は笑みを浮かべながら「きっかけは安倍さんの事件です。カルトとは何なのか?と調べていたら、イエスの方舟にぶち当たったんです」と明かした。昔から大のビートルズファン。70~80年代の音楽や文化は洋邦問わず大好物だ。45年前に起きた事件にもむしろ大きな関心を持ち、軽々と身を投じることができた。

 団体は安住の地を福岡に求めたが、世間からあまりに注目を集めたため、そう簡単に落ち着いた生活ができるはずもない。しかし、女性たちはたくましかった。クラブ「シオンの娘」を開業し、身の上話を切り売りしながら、店を切り盛りした。日中は聖書の勉強会、夜はクラブ営業。それほど時間を経ずに店は繁盛し、「イエスの方舟」は経済的に自立した。

 今も営業を続ける「シオンの娘」に、監督は何度も通った。「マスコミはまっぴら」だった千石さんの妻で現・主宰者まさ子さん(93)の信頼を得て「事実を報道してくれるのなら」と、撮影が許可された。

 騒動まっただ中の資料映像と、現在の共同生活の映像が折り重なり「イエスの方舟」の真実が浮かび上がる。日本のドキュメンタリーにありがちな重苦しさはなく、軽やかな空気感は監督のセンスだろう。まったく飽きさせない70分弱だ。

 取材を通じての監督の視点は本編に委ねよう。ただひとつ、こんな感想を漏らした。「反社会的かつ人格破壊させるというものをカルトと定義するなら、方舟は違うと思います。入ることもできるし出ることもできる。結婚だってできる。でも、やはり普通とは少し違う。千石さんを中心とした独特の結合感とでも言うのか。彼女たちは千石さんを頼ったからとても幸せになれたけど、もし違っていたら…とは思います」

 もしそれがオウム真理教だったら、統一教会だったら…。カルト、宗教、メディア報道…。時代を超えて日本の問題点が浮かび上がる。

◆◆松本智津夫が逮捕された1995年、記者は「方舟」に乗った◆◆

 【取材後記】29年前、実は千石剛賢さんに会ったことがある。当時はオウム真理教の報道一色。駆け出し記者だった私は福岡に向かい「シオンの娘」を訪れた。

 騒動になっていた頃は小学生で、「イエスの方舟」に強い印象はなかった。それでも世間を騒がせた集団を訪ねる緊張は隠せず、恐る恐る店の扉を開けたのを覚えている。すると、女性が「取材の方ね」と声をかけ、「おっちゃーん、記者さん来たよー」と奥にいる千石さんを呼んだ。「はいはーい」という感じで出てこられたことを記憶している。何ともおおらかで拍子抜けだった。

 千石さんが「宗教者が人を殺すとは何事か!」と松本智津夫に怒りをぶつけていたのは覚えているが、あまりに昔のため他は全然覚えていない。その中で「昔はマスコミの人がいっぱい来たけど、記者さん来たの久しぶりね」「ハーレムって、おっちゃんとそんなことなるわけないのにね」と軽口をたたき合う女性たちはとても印象深く、微笑ましく感じられた。

 私が見た景色と変わらない彼女たちの日常は映画の中でも切り取られているが、やはりその尋常ではなかった体験を振り返る口ぶりは重い。時が解決してくれたこと、解決してくれなかったこと。映画を見て、また福岡を訪れたくなった。(江良 真)

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